4月16日(水)0時25分
始発の新幹線で京都へ行き、 最終前の新幹線で帰京。
午前中は今年の1月から私のもう一つの会社である、 「キャンディッド・コミニュケーションズ」と、 業務提携をしている萬田久子が出演するドラマ 「その男、副署長 ~ 京都河原町署事件ファイル」が、 撮影初日を迎えるというので、東映京都太秦撮影所に行った。 撮影中の無事故と高視聴率を祈願する式典への参列と、 関係者へのご挨拶をしに行ったのである。
この撮影所には高校の修学旅行の時、 級友たちが新京極だの清水寺だのに行っていた自由時間に、 映画のスクリプターに憧れていた私は、 撮影所宛てに手紙を出して、面会を求めて訪れて以来のことだ。 当時の映画界には女性監督はもちろん、 制作の東映は時代劇とやくざ映画が主流ということもあって、 女の仕事はほとんどなく、せいぜいがスクリプターだったのである。 日本語に訳せば「記録係」なのだが、具体的にどんな仕事で、 どうアプローチをすれば働けるのかが判らなかったので聞きに行ったのである。 映画館のスクリーン(字幕)で探し当てた女性スクリプターは、 全身黒づくめで目の前に現れ、 「映画の世界は女には難しい世界よ。スクリプターも先輩に弟子入りして、 技を伝授してもらうのよ。悪いこと言わないからやめなさい」と、 やさしく諭されたことを思い出した。 15年後の1982年、撮影所は東京の大泉撮影所だったが、 私は東映初の女性映画、 「ダイアモンドは傷つかない」(藤田敏八監督。田中美佐子のデビュー作)と、 「ザ・レイプ」(東陽一監督。田中裕子主演)のプロデューサーを務めたのだった。
午前9時。神事は撮影所の一隅にある神社で執り行われた。 東映とテレビ朝日の幹部に続いて、 主演の船越英一郎氏と萬田さんが俳優代表で玉串奉奠をしたのだが、 私も町づくりプロジェクトなどで住宅や関連施設の竣工式で、 こうした神事に立ち会った経験はあるが、 役者がやるととそれ自体がドラマのようで、 華やかなシーンだった。
船越氏とは子ども同士が同じ保育園だったことから 日頃から親しくしているのだが、 折りしも私が昨晩松居さんと夕食を共にしたこともあって、 立ち話ながらなごやかなひとときを過ごすことが出来た。
11時過ぎ、署長の制服に身を固めた萬田さんがスタジオに入ったのを見届けて、 撮影所を辞去。京都駅から新幹線で一路大阪へ向かう。 午後はミズノ本社で「2009年春夏のスーパースター」の戦略会議。 この日のテーマは「大人のミズノ」のコンセプトの整理。 「大人」が相手のマーケティング手法は確立していない。 商品コンセプトとあわせて、情報戦略についてもいくつかの方向性を検討した。
夕方から健康アドバイザーの大ぞの千恵子さんのサロンで会食。 浪速のエンタテナー・リリアンが作って来てくれた牛すじ煮とビーフカレー、 リタイア後料理教室に通いはじめたら即料理の虜になってしまったという 元大手企業部長の新納さんの筍入りチキンハンバーグ、 大ぞのさんの仕事仲間の女性たちが作ってくれた具だくさん味噌汁と豚のソテー、 パパイアのぬか漬け.........いずれも素晴らしい味であった。 「新納さん以外は全員おひとりさま。時間があるとみんな料理を持ち寄って、 ここに集まってくるの。私の仕事は出張が多いんだけど、 お陰で母も一人っきりになることがなくて安心なのよ」と大ぞのさん。 生きるセンスが同じ人たちの集まり。 これは私の創りたい「大人ネットワーク」のいいヒントになった。
最終新幹線を押さえてあったのを乗変して、 23時13分東京駅着。 その後目をこすりながら書いたのがこのブログ。 今夜も睡眠時間がなくなってしまった。














































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