12月26日(金)5時22分
短大時代の友人たちと38年ぶりに再会した。
先月私がNHKテレビ「スタジオパーク」に出て、
「モヤシのひげ取り芸」などを披露しているのを、
グアム島で教師をしているカトウが偶然観て、
メールをくれたことから今回の再会劇になったのである。
カトウは早速日本にいるマッチとショウコにメールを入れ、
カトウの年末恒例「墓参&買い出し旅行」に合わせて、
ショウコは松山から、マッチは日野から出て来て、
4人でのクリスマス会が実現したのだった。
カトウは卒業後東京で2年ほど働いてお金を貯め、
自力でハワイの大学に留学して、
そこで知り合った中国系の日系二世と学生結婚。
一男一女を育てながら勉強を続け、
グアムで教職に就いたのだが、
夫が10年前にクモ膜下出血で亡くなり、
今はシングルアゲイン。
「でも、恋人はいるわよ」とキッパリ言うあたりが、
我らドメスティツク派とは違う。
判事の娘だったショウコは四国の親元へ帰って、
サラリーマンと結婚して男の子が1人。
昔の彼女はストレートな長い髪をなびかせ、
ほとんど全身黒づくめというシニカルな印象の女の子だったのが、
今では穏やかな笑みをたたえる「やさしい日本のお母さん」という雰囲気。
変われば変わるものだ。
当時からモテモテだったマッチは、
卒業後大手ゼネコンに入って、2歳年上の先輩男性と結婚、
2人の子の母親で専業主婦。
団塊世代の女の典型のようなライフスタイルだ。
ところが、NYでインテリアデザイナーをしている娘の話になった時、
言葉の端々に高揚感のようなものが感じられ、
「そう言えば、何にでも積極的で行動派だったマッチこそ、
デザイナーになっていておかしくはなかったのに」と思った。
私とカトウはあまり昔のことを覚えていないのだが、
それでもそれぞれの想い出がパッチワークされると、
ギグソーパズルのように空白が埋まっていくのだった。
これもまたよくあることだが、
自分の思いこみの中の「想い出話」と、
他人から見ての「過去話」には大きな食い違いがあり、
今更ながらそのギャップに驚いた。
私はいつも歯ブラシを携行するキレイ好き女で、
それは多分キレイ好きなボーイフレンドのせいだと、
みんなが思ったいたという話。
私は当時は仕切り屋などではなく、
いつも何かが決まるのを待っていたタイプだったという話。
お互いに「へェ〜」と言い合う話が続出した。
途中知っている限りの友人達に電話をしようということになり、
あちこちに電話をかけたところ、
当時からみんなのとりまとめ役をしてくれていたタキザワが、
「西麻布?解った!今すぐ、行くわ」と言い、
30分後、本当に駆けつけてくれたのである。
取る物も取り敢えず、という感じで来たわりには、
38年前の授業風景を撮った写真を持参して来たのには一同ビックリ。
「この人は今、弁護士よ」「彼女は社労士」
「彼女は乳癌になってねぇ」と、旧友たちの消息に詳しく、
これまた「情報通のタキザワ」のままだった。
変わっているようで変わっていない。
変わっていないようで、変わっている。
38年は大きくて、重い。
激動の2008年のクリスマスは、
38年間の歳月を越えた友情を確認し、
感動のうちに幕を閉じた。














































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