12月1日(月)23時38分
今日から師走。
12月とは思えないあたたかさだったので、
迷った末、コートは家に置いて、
ショールだけで出かけることにした。
そんな私に、
息子が「そんな薄着で大丈夫?」と聞いた。
言葉の中に、微妙な響きがあった。
身体を気遣っているというよりは、年齢を気遣っている感じがあった。
「年なんだから気をつけなよ」という感じ。
若い人からすれば、
年齢も身体も同じことじゃないかと、
思われるかもしれないが、
同じではないのである。
息子の言葉に敏感に反応したのには理由があって、
何となく最近、若い人(ほとんどが男)に、
気遣われることが増えてきたように感じていたのである。
荷物を持たれたり、椅子を引かれたり、
家の前まで送られたり。
最初は「最近の若い男性は気が利いているわ」と、
単なる「行き届いたサービス」だと思っていたのだが、
何かの拍子に「これって、もしかしたらイタワラレテいるのかも......」
つまり「年寄りだから気を遣ってくれているのかも」
という気がしたのである。
「年だけじゃなくて、
あなたの職業的イメージも関係があるんじゃないかしら。
つまり、年を食ったオバサン文化人というイメージ。
ウルサ・コワイ女と思われているんじゃない?」
と言うのは、サンデー・ナカヤマ(日曜日のナカヤマ)だ。
(注=日曜日のナカヤマは仕事を離れたナカヤマなので、
女友達として忌憚ない発言をしてくれるのだ。
ちょっと「忌憚なさすぎ」の感もあるが.........)
そうか、いつの間にか私も、
「これくらいやっておかないと、後がウルサイからね」という、
嵩高女(かさだかおんな)になっていたということなのか。
もしそうなら、一刻も早く、
男に気を遣わせない「軽妙女」に自己改造をしなければ.........。
.........何にしろ、
私は男に労られるのが苦手なのである。、
若い頃から男に荷物など持って貰ったこともないから、
慣れていないのである。
慣れていないから居心地が悪く、
「イタワリ」の裏の心理を探りたくなるのだ。
「グチャグチャ言っているのも今のうちよ。
もうじき、労りが素直に嬉しくなるわよ」
これもまた、
11月最後の日曜に発したサンデー・ナカヤマの言葉だ。














































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