2/9(月)唐突ですが、「煙草について」

icon_zamma.jpg2月9日(月)19時55分(いつになく早いアップです)

「club willbe」のHPは、
時間を見つけては眺めているのだが、
私自身がどのように関わればいいのか、
距離を測るのは結構難しい。

と、言うのが、「オピニオンボード」の意見交換の場にも、
私の意見を書き込もうかと思うこともあるのだが、
せっかくみんながいい意見を言ってる時に、
しゃしゃり出てはうるさ過ぎやしないかとためらいがあり、
一人静かに見守っていることも多いのである。

ただ、
2月3日のブログのコメントに、
「喫煙についての私の考えを聞かせて欲しい」
というご意見をいただいたので、
今日は煙草にまつわる話を少しばかり書かせていただこうと思う。

(これは元々「オピニオンボード」にいただいたご意見、
「自分は愛煙家だが、禁煙することで今まで浪費していたタバコ代を、
恵まれない子どもたちに使えないだろうか。
そして出来ればそのような募金口座を「club willbe」の中に、
作っては貰えないか」というご意見に端を発して、
「喫煙・禁煙」問題にまで発展したものと思われます)


以下の文章は、
当初「オピニオンボード」に載せようと思って書いたので、
「いつもの「である調」ではなく、「ですます体」での文章になっています。


実は私は生まれてこのかた、
一度も煙草を吸ったことはないのです。
一瞬の悪戯でも、試したことはなく、
多分一生やらないと思います。

幼い頃から気管支が弱かったこともあって(小児喘息だったので)
煙が苦手だったのと、
青森市に住んでいた3歳の冬、
酔っぱらいが物置に投げ入れた吸い殻が原因で家が全焼したので、
何となく「煙草はいけないこと」というイメージを持っていることも、
関係しているのかもしれません。

私が若い頃は、日本女性で煙草が似合うカッコいい女性が、
少なかったこともあって、
親しい女友達が煙草を吸っている姿に、
嫌悪感に似た感情を持ったこともあります。

父が大変なヘビースモーカーだってこともあって、
煙草そのものは身近な存在だったのですが、
母が父の喫煙習慣に対してとても厳しく、
時には父を激しく糾弾していたので、
父に対する同情もあって、
個々人の喫煙については比較的寛大です。
(働いても働いて貧しく、日常に何の楽しみもない父の、
ささやかな楽しみだったものですから、可哀想に感じられたのです)

若い頃は、喫煙するボーイフレンドもいましたし、
カッコよく煙草をくゆらせる人もいましたので、
あまり抵抗感はなかったのですが、
父をはじめとして愛煙家が次々病に倒れるのを見ているうちに、
(父も癌でした)
止められる人は止めて欲しいなとは思っています。

鳥越俊太郎さんが癌になった時には、
筑紫さんもまだ吸っていましたし、
二人と親しい田丸美寿々さんも引き続き愛煙家でしたが、
昨年からは田丸さんもきっぱり止めました。
渡辺えりちゃんも最近辞めたと言っていました。

闘病中の筑紫さんを見ていて感じたのですが、
筑紫さんは「煙草を」ではなく、
「煙草を吸い続けていた自分に」対して憤っているような気はしました。
そんな思いを汲んで、
棺の中に煙草だけは入れなかったと、奥さんが言っていました。

私の周辺ということに限って言えば、
喫煙している人がすべて癌になるわけではありませんが、
癌になった友人のほぼ全員が喫煙者という感じです。
(私の周辺の人たちは、時間や空間に制限がない仕事に就いているせいか、
喫煙率は高いのです。生活も不規則でストレスも高い職業ですから、
成人病になりやすい環境とも言えますが......)

私は愛煙家に向かって「止めなさい」とは言えません。
ただ勇気を持って止めた人は「エラい!」と思っています。
基本的には、嫌煙したいと思っている人の権利を蹂躙しない限りは、
個々人が自由に選択すべき事柄だと思っています。

答えになっているようで、
なっていない文章ですみません。

これから『世界料理サミット』のレセプションパーティに行ってきます!


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コメント(8)

こんばんは。

残間さんの以下のコメントに同感です。

>私は愛煙家に向かって「止めなさい」とは言えま>
>ただ勇気を持って止めた人は「エラい!」と思っ>ています。
>基本的には、嫌煙したいと思っている人の権利を>蹂躙しない限りは、
>個々人が自由に選択すべき事柄だと思っていま
>す。

大人であるからには、喫煙してその結果起こるかもしれないことについては自分の責任です。また、タバコの嫌いな方々への配慮も当然です。

僕は、オヤジが超ヘビースモーカーでした。たぶんその反動で、一切タバコを吸ったことがありません。そのオヤジも兄弟がすべてが亡くなり、自分一人となったとき、きっぱりお酒とタバコを止めました。あの決断力と行動力には、今でも「あっぱれオヤジ」と、自慢に思います。

長年ヘルスケアビジネスに携わっています。30代のころ、会社からある大学の医学部の研究所へ一年間派遣され、学生をしていたことがありました。その時に、当時の国立がんセンターの疫学部長だった方の喫煙についての講義を受講したことがありました。二時間ほどの講義が終わった後、クラスの喫煙者の半分が、直ちに禁煙を宣言しました。

あの講義のように明確に喫煙の害を医学的に示されると、僕自身はとてもたばこをすう気きにはなれません。

僕の考えはどうあれ、タバコを吸うも吸わないも、各自が自分の責任で決めることだと思います。


禁煙してまだ日が浅い私ですが、食事をしていて、食べ物の味が変ってきたように思います。自分自身スポーツもしているので、禁煙することは私にとって、そして周囲の人に良い結果になると今は思っています。

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フォトアルバム

4月5日(土)

photo_nikki六本木ヒルズのパンジー

photo_nikkiアークヒルズ中庭の桜。

photo_nikki首相官邸沿いの新芽の出たポプラ(上)と桜並木(下)
photo_nikki

photo_nikki内閣府前。

photo_nikki参議院会館前。

photo_nikki国立国会図書館前。

photo_nikki憲政会館の下の通りにはドクダミが。

photo_nikki内堀通り沿いの桜(奥に見えるのは警察庁と国土交通省)

photo_nikki首都高都心環状線沿いの桜。

photo_nikkiお濠の周りには観光バスが列を連ねていました。

photo_nikki皇居内堀に咲く花々。

photo_nikkiカルガモ発見!



4月3日(木)

photo_nikki日中文化交流協会・前会長の辻井喬さんを偲ぶ会。

photo_nikki左は「日本介護福祉グループ」の藤田英明会長、中央は必殺紹介人のモリベ氏。



4月2日(水)

photo_nikki青山通りから見た赤坂御用地の桜。

photo_nikki赤坂警察署前の桜。

photo_nikki赤坂・豊川稲荷は、早くも葉桜です。

photo_nikki国立劇場前。

photo_nikkiFM東京前。

photo_nikki英国大使館前。

photo_nikki千鳥ヶ淵の桜。

photo_nikki桜を眺めながら昼食をとる外国人ビジネスマンの姿も。

photo_nikki靖国神社の桜(右端に鳥居があります)

photo_nikki梅窓院の桜。

photo_nikki
寺島文庫の文庫犬エリゼと。



4月1日(火)

photo_nikki神宮外苑の桜。

photo_nikki渋谷・桜ヶ丘のさくら通りでは「さくらまつり」が開催中。

photo_nikki林真理子さん還暦パーティの引き出物。



3月31日(月)

photo_nikki富士川鉄橋付近を通過。

photo_nikki京都の東寺。

photo_nikki大阪で千秋楽を迎えた、地球ゴージャスプロデュース公演「クザリアーナの翼」



3月29日(土)

photo_nikki吉川公園に向かう途中の桜並木(三分咲きでした)

photo_nikkiグラウンドの土手には鮮やかな菜の花間畑が!

photo_nikki南青山ぼちぼち団のメンバーと。

photo_nikkiぼちぼち団の新キャプテンのフジタ氏。

photo_nikki開会式で挨拶をする椎名誠さん。

photo_nikki八丈島や大阪からも参戦。



3月24日(月)

photo_nikki南紀白浜空港。

photo_nikki空港の隣には「アドベンチャーワールド」が。



3月23日(日)

photo_nikki川湯温泉。河原に穴を掘って作った「my露天風呂」に入浴中の人たち。

photo_nikki湯の蜂温泉。

photo_nikki卵を網に入れて、湯筒で茹でています。

photo_nikki熊野那智大社

photo_nikki
那智の滝。

photo_nikki香炉にぶら下がっているこま犬が可愛い。

photo_nikki熊野本宮大社。

photo_nikki昨年の台風12号の被害の爪痕が残る熊野川の河岸。

photo_nikki和菓子屋「儀平」の堀本京子さんと。

photo_nikki「アドベンチャーワールド」の入口。

photo_nikki食欲旺盛なオスの海浜(カイヒン)君と。

photo_nikki海浜君の妹の優浜(ユウヒン)ちゃん。

photo_nikki手前が海浜君、奥が双子の陽浜(ヨウヒン)ちゃん。

photo_nikkiペンギン王国。

photo_nikkiラッコたち。

photo_nikki三段壁の夕陽。

photo_nikki

photo_nikki白浜名物・クエ鍋。



3月22日(土)

photo_nikki奈良県から和歌山県へと流れる紀の川

photo_nikki高野下駅舎。

photo_nikkiケーブルカーで高野山へ。

photo_nikki頂上には前日降った雪が積もっていました。

photo_nikki金剛峯寺。

photo_nikki紀州の春。

photo_nikki

photo_nikki

photo_nikki



3月21日(火)

photo_nikki小さな誕生日ケーキでお祝い。

photo_nikki仁坂吉伸和歌山県知事から、誕生日祝いに送って頂いた「焼き梅」



3月18日(火)

photo_nikki
工事中の「ホテルグレイスリー新宿」外観。

photo_nikki花粉症対策マスクを装着した八丁地常務執行役員と。



3月14日(金)

photo_nikki「日本創生委員会」が開催された東京會舘の桜。



3月13日(木)

photo_nikki雨滴の向こう側にうっすらと浮かんでいるが河津桜です。

photo_nikki会席料理にも添えられています。



3月11日(火)

photo_nikki春まだ遠し。

photo_nikki米原市の手前。遠くに見えるのは伊吹山。

photo_nikki1階のナレッジプラザに展示されている巨大プール(実は絨毯です。中央の水色の部分に立って周りを見ると、プールの中にいるように立体感が味わえます)



3月10日(月)

photo_nikki
今季最強の寒波も3年前の震災の日を想えば・・・。

photo_nikki
津村禮次郎さんによる能

photo_nikki奥でヴァイオリンを演奏しているのが古澤巌さん。手前左がチェリストの大藤桂子さん。

photo_nikki華道家・前野博紀さんにより献花。



3月8日(土)

photo_nikki母のホームに向かう途中、小学校の校庭沿いには春の花が。

photo_nikkiボケ(木瓜)の花。

photo_nikki大和夢之介さんの独立15周年記念パーティにて(右から、平山みきさん、大和さん、川上麻衣子さん、私)

photo_nikkiwillbe混声合唱団の活動の様子。

photo_nikki特訓!(合唱団を支える貴重な男声です)



3月7日(金)

photo_nikki歳川隆雄さんの出版記念パーティ。

photo_nikki会場に届けられた政治家からの花輪。

photo_nikki会場にいらした田原総一郎さんと。



3月3日(月)

photo_nikki5時間煮込んだ蕗の煮もの(右)と山椒の佃煮(左)



3月2日(日)

photo_nikki帰りに立ち寄ったナカヤマの実家では、お義姉さんが育てた梅が花を咲かせていました。

photo_nikki

photo_nikki



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
イースト・プレス
【価格】
1,470円

引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
日本経済新聞出版社
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1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。