4月19日(日)24時4分
18年前に「challenged」(チャレンジド。障害を持つ人たち)
のための自立支援組織・プロップ・ステーションを設立して、
「チャレンジドを納税者にするための活動」を展開している、
竹中ナミさん(通称ナミねぇ)の、
「日本の勇気ある女性賞」受賞記念&還暦記念コンサートが、
正午から、
六本木のライブハウス・サテンドールで開かれた。
♥「challenged」とは、
障害を持つ人を表す米語「the challenged」を語源とし、
「挑戦」という使命、課題、
あるいはチャンスを与えられた人という意味♥
ナミさんは「club willbe」の、
サポーティングメンバーにもなってくれているので、
活動状況についてはしばしばご紹介をしているが、
「ナマのナミねぇ」は、
一見するとブルース・シンガーのような風情で、
「社会福祉活動家」には見えない。
私は、人が何かをする時、
特に社会的ムーブメントにまで広げていきたいという場合は、
「いかにも、それらしい人」よりは、
「まさか、この人が?」というイメージのほうが、
インパクトがあり、
関心を持っていない人に関心を呼び起せると思っているから、
ナミさんが社会福祉の世界に登場した時、
「カッコいい!」と思うと同時に、
彼女の出現で、
障害者領域は今までにない広がりを見せるだろうと思った。
今や、彼女の周りには与野党を越えた議員が集まり、
ナベツネさんをはじめとする大物経済人から、
ベンチャーの起業家まで、
幅広いサポーター陣が応援を買って出ている。
さて、今日のナミねぇだが、
還暦記念ということもあって、
真紅のドレスに白いレースのボレロといういでたちで登場した。
バックにプロのミュージシャンを配しての、
「ナミねぇライブ」がこの日のメーンイベントだが、
それに先駆けて、
「ナミねぇの60年史」跡が映像とともに紹介された。
幼い頃のナミねぇは、目鼻立ちの整った痩身の美少女で、
新劇女優をめざしていたという話も頷けた。
ご両親と一緒に映った写真を見ると、
いかにご両親から受け継いだものが大きかったを偲ぶことが出来た。
「私が重症心身障害児の娘を産んだ時、
父親は『この子を殺して俺も死ぬ』と言ったんです。
父と我が子を死なせたらあかんと思って.........、
これがチャレンジドの仕事に関わるキッカケとなりました」
私は「友達を代表して、祝辞を」と、言われて、
拙き話をさせていただいたのであるが、
「友達」というフレーズが、
とても嬉しかったし、光栄だった。
ナミねぇは歌う。
「繋がりを大切にしよう。
指先だけで繋がっててもいいから、
その手を離すなよ」と。
私もナミねぇを見習って、
弱音を吐かずに、
頑張って走らねばと思った。














































わたしも、以前から竹中さんの活動には、注目し、共感していました。私自身の弟が、自閉傾向にあるからです。老いた両親にとっても、彼の生活の自立がこれからの最大の課題といってもいいくらいです。
離れているため、何もできませんが、様々な情報を集めて、なにが一番いいのか、考えていきたいです。弟は、幸い職場に恵まれ、納税者となっています。年金のシステムをもう一つわかっていないので、老いた両親を自分が養っていると思って、がんばってくれています。