5/1(金)メーデーの日、タクシーの中で.........。

icon_zamma.jpg5月1日(金)24時08分

午後1時半、
NHKに「どよう楽市」の打ち合わせに行こうと、
表参道からタクシーに乗ろうとしたら、
反対車線をメーデーのデモ行進の人たちが整然と歩いていた。


私が乗る側の車線は空いていたので、
「そろそろ終わりに近づいているのだろう」と解釈して、
タクシーを拾ったところ、
原宿駅の先が突如通行止めになっていて、
山手線沿いの道を迂回させられ、
NHKは目と鼻の先だというのに近づけぬまま、
大渋滞に巻き込まれてしまった。

デモ行進をしていたのは、
土建関連の組合の人たちらしく、
「土建」の2文字が染められた、
何本もの幟を立てながら歩いていた。
歩いている行列を見ると、
若者もいないではなかったが、
50代から70代くらいの男女が圧倒的多数だった。

先導車の中から数分おきに「雇用環境を改善しろ〜」とか、
「麻生首相は退陣しろ〜」というアナウンスはあるのだが、
デモ参加者はそれに呼応することもなく、
隣の人とお喋りを交わしながら歩いているので、
一見すると「シニアウォーキング大会」といった風情だ。

地味な色の洋服に身を包んだおとなしそうな中高年男女と、
「土建」のイメージは重なりにくかったのだが、
よくよく見ると、
彼らが持っている小さな手旗やプラカードには、
「職人」という文字が書かれてあったから、
職人さんとその家族(妻)たちなのかもしれない。
(何となくそうとも思えなかったのだが.........もしかしたら動員?)

かつて我が家は両親とも労働組合で活動をしていたので、
(その昔は二人とも旧国鉄労組の活動家で、
父は仙台鉄道管理局の労組の青年部長、母は婦人部長だった)
私も幼い頃からメーデーに連れていかれた。

小学校時代は、二人とも既に国鉄はやめていたから、
(「レッドパージ」でやめさせられていた)
今で言う市民運動のような形での参加だったのだと思うが、
正直のところ、
あまり居心地のいい場面ではなかったように記憶している。

理論的に何も解ってはいなかったからなのだろうが、
何故大人たちがこんなにも熱くなっているのかが不思議だったし、
お祭りのようで、お祭りの楽しさとは違う空気感に、
子どもながら違和感を覚えていたような気がする。

常々母は私に向かって、
「生活が大変な人たちを救うために運動しているのよ」
と言っていたが、
私は「私にも厳しい生活があるのになぁ」
と思っていたのだった。

言葉に出して言うと、
親に悪いような気がしておくびにも出さなかったが、
台所の米びつのお米の量ばかり気にしている日常や、
何ヶ月も給食費が払えない現実と、
このお祭りはどこでつながっているのか、
子供心ながら疑問に思っていたのである。

「我が家が貧しいから運動をしているのか、
運動をしているから貧しくなったのか」
自分の身を捨てても、
他人のために一生懸命運動する親を、
尊敬はしていたが、
お腹を空かしている食べ盛りの弟を見ながら、
10歳の私はたしかにそう思ったのだった。

このねじれた感情はその後も私の気持ちの中に居座り、
学生時代に全共闘運動に遭遇しても、
運動には近づけなかったのである。


メーデーと言えば、24歳の春、
ロシア(当時は「ソ連」だった)に独り旅をした時、
タシケントでメーデーに参加したことがあったのを思い出した。

当時のロシア(ソ連)旅行は、
申込みは独りでも、現地ではインツーリストの「指導」で、
グループ分けされて旅行をすることになっており、
その旅程の中に「メーデー参加」が組み込まれていたのだった。

「労働者の祭典」であるはずなのに、
随所に軍事訓練の趣もあって、
一糸乱れぬオペレーションには恐怖心さえ覚えた。
この時、かつて母に手を引かれて行ったメーデーが、
いかに牧歌的なものだったかを知ったのだった。
たしかに大人たちの熱さに違和感を覚えたことも事実だが、
あの熱は紛れもない両親の情熱の証しだったと、
今なら理解出来る。

両親が娘の私にさまざまな体験をさせてくれた末に、
今の私があるのだと思えば、
小学生の時に体験したメーデーは、
満更でもないことだったと思うし、
連れて行って貰ってほんとうによかったと思う。

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コメント(1)

 ハンドルネームを書き忘れました。すみません。

残間さんのご両親は国鉄にいらしたのですね。私の父も
国鉄職員でした。今年、86歳になります。後で、母が私に話してくれたのですが、結婚してから随分恐い思いをしたと言っていました。

 当時国鉄にはかなり激しい労組・中間派・その他いろいろな労働組合があったようです。、激しい労組は駅長を何時間も缶詰にして締め上げて暴力もふるっていたようです。理由はそれなりにあったのでしょうが、当時若かった父は行き過ぎの行動に疑問を持って、裁判で当時の様子の証言を求められたようです。

 その頃から家のまわりを不審な人たちが出没して、新婚間もない母はとても怖かったようです。父は裁判で証言をしたようです。

 名ばかりの労働組合でなく、本当に労働者を救って、行動してくれる組織が必要ですね。

 私が羽田で働いていた会社は労働組合がなく、いつも会社の言いなりで、全日空の労組にいろいろ相談していました。いよいよ国際線出発カウンターで要望文を掲げて、会社に要求しようという前日、会社に知れ、その時主導していたふたりがその後あっさり辞めてしまったのは今でも疑問に思っていますし、苦い思い出です。

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フォトアルバム

5月16日(水)

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開業間近の「東京スカイツリー」を見上げる。

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江戸の四季をモチーフにしたというエレベーターの内装。

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真新しいユニフォームを着たスタッフ。

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340mの高さから下を覗く。

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地上451.2mから眺める景色。

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最高到達地点「ソラカラポイント」にて1枚。



5月11日(金)

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打ち上げ会場での「虎姫一座」



5月8日(火)

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昭和のスターたちを支えた「花やしき少女歌劇団」(小・中学生の少女たちで結成された)

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浅草のランドマーク「浅草公会堂」



5月6日(日)

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手足とも緑色に。



5月5日(土)

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手際よく芝の手入れをする学生。

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雄大な八ヶ岳連峰を仰ぐ。

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花の直売店。

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熱気球体験も人気。

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野菜の直売所(他に乳製品の直売所もある)

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「諏訪大社御柱祭」で曳行されたご神木。



5月3日(木)

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2キロの蕗の皮。

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虎姫一座+サエラの「公会堂で逢いましょうin浅草」稽古風景(5月11日18:30より浅草公会堂で開催)

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熱心に指導をする大里プロデューサー。



4月30日(月)

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港区コミュニティバス「ちぃばす」初体験。



4月29日(日)

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法話室にて、僧侶と。



4月21日(土)

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神楽坂・毘沙門天で、しめやかに営まれた。

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品川駅近くで見つけた、名残の桜。その1

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その2



4月18日(水)

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1986年に公開を始めた「窯のある広場・資料館」

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施設を案内してくださった、辻館長。



4月15日(日)

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初めて搭乗した「スターフライヤー」

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楽屋を訪ねてくださった、田島元通さんのお父さんと。

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「いろはクラブ」のみなさんが楽屋に用意してくれた、郷土のお菓子と柏餅。



4月7日(土)

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茅山荘の坐禅会。インド、ブラジルから帰ったばかりの藤田一照さん。

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お花見をするニシダさんと母。



4月6日(金)

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加賀乙彦先生とツーショット。

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willbeメンバーに囲まれた加賀先生。



4月4日(水)

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試食会で、ファミマスタッフと。手の中には、秘密のデザート(5月中旬発売予定)



4月3日(火)

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霞ヶ関ビル1階に飾られていた、桜の生け花。



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書籍情報

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モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

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日本経済新聞出版社
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1,575円

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【出版社】
新潮社
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1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。