5月29日(金)27時21分
朝、スポーツジムへ行き、ストレッチ体操をした。
(まだ、かろうじて続いています)
「した」というよりは「して貰った」という感じなのだが、
前回よりは少しだけ自分でやる割り合いが増えたように思う。
毎日恐ろしいくらい時間が早く過ぎるのに、
ここでの1時間は倍ぐらいに感じる。
いつもなら午後はNHKに行き、
明日の「どよう楽市」の打ち合わせ会議に出るのだが、
今日は膵臓の検査があるので、
打ち合わせを休んで病院へ行った。
診察を受け、検査のための採血をし、
6月中旬のMRI検査の予約してから、
会計に行って、驚いた。
1年半前に甲状腺の検査で来た時は、
一人一人名前を呼ばれるのを待って、
窓口で支払いを済ませていたのに、
いつの間にか「自動支払い機」で会計をするシステムに、
変わっていたのである。
待ち時間が少なくなって便利ではあるが、
お年寄りは戸惑うかもしれない。
(妙に緊張して、私も係の人に3回聞いてしまった)
この先ますます高齢化が進み、
病人も増える一方だろうから、
病院も効率良く運営するためには、
どんどん合理的なシステムに進化していくのだろうが、
老いた病人はただでさえ心細いのに、
あまりに隙がないシステ厶は「ちょっと辛いよなぁ」と思った。
16時半に帰社してスタッフと打ち合わせをし、
17時半には六本木でミーティング。
再び会社に帰り、またもやスタッフと打ち合わせをして、
19時、新宿区住吉町のライブハウス「BACK IN TOWN」に行った。
ザ・スパイダースの元メンバーで、
作曲家・ギタリストの井上尭之さんから、
「The Brothers Fourの元メンバーである,
テリー・ローバー氏が結成したユニット,
「Terry Lauber&The Seattle Sound」が演奏をするので、
是非来て下さい。僕の曲もカバーしてくれているので、
もしかしたら僕も飛び入り参加するかも知れません」
というお誘いをいただいたのである。
実は今日の私は、
いつにも増して忙しい時間割で動かなければならないのだった。
「どよう楽市」の打ち合わせを休んでいるので、
家に帰ったら、届いているはずの明日の進行表と資料を読んで、
質問があったら担当デイレクターに電話をかけなければならないし、
資料に基づいて、それ相応の調べものをしなければならないし、
番組終了後に杉並区で開催される講演会の、
レジュメづくりもしなければならないし
このブログも書かなければならないし、
昨日この欄に書いた「厄介な病気に罹った友人」からの、
電話が何度も入って来ているので、
帰宅したら真先に電話をしなければならないしで、
「一体今夜はどうなることだろう」状態だったのである。
しかし、
先頃引退を表明し、
以来、東京を離れて北海道に住む井上氏が、
わざわざお知らせ下さったのだから、
行かないわけにはいかないと、
(井上さんにも会いたかったし、演奏も楽しみだったので)
先のことはひとまず目をつぶって、出かけて行ったのだった。
自曲をカバーしてくれたと言っても、
なぜ井上さんがこれほどまでにテリーさんと深い交流があるのか、
よくは解らないまま行ったのだが、
ここに、井上さんに北海道移住を決意させた、
一人の男性が介在していたのである。
おととし6月、
井上さんは北海道ツアーの途中で過労のため体調を崩し、
南小樽病院に搬送されて治療を受けたのだが、
その時この病院の大川博樹理事長(1952年生まれ)と親しくなり、
ついには小樽移住を決意するに至ったというのである。
この大川さんが以前からテリーさんと親交があり、
今回の東京ライブも大川さんが中心になって、
実現させたようなのである。
(本人は奥ゆかしくて「自分がやった」とは言わないが、
周りの話を総合すると、どうやらそういうことらしい)
かくて、
井上さんは南小樽病院の近くに住み、
病院のボランティアスタッフとして患者さんと接し、
時々ボランティアライブも行っているのだという。
自分の体を診てくれているお医者さんの人柄に魅せられて、
「居を移す」というのも、
病気ばかりしてきた私には解る気がする。
久しぶりにお会いした井上さんは、
以前私が自主企画したトークセッションに出て下さった時より、
ずっとお元気そうで、(あの時は胃癌を克服した直後だったのだが)
飛び入り参加したステージでの名ギタリストぶりも健在だった。
内田裕也さんもジュリーもショーケンも、
井上さんを心から尊敬し、
群雄割拠さながらのGS界のまとめ役だったというし、
「太陽にほえろ」や「傷だらけの天使」などの、
人気テレビドラマのテーマ音楽の作曲をはじめとして、
「愚か者」(近藤真彦)では「日本レコード大賞」を、
「火宅の人」では「日本アカデミー賞最優秀音楽賞」を、
また俳優として何本かの映画にも出演し、
ここでも「全国映連賞(男優賞)」を受賞するなど、
輝かしい経歴をもつ井上さんだが、
東京での第一線の日々に悔いはないのだろうか。
「普通の人生に埋もれてみたいと思ったんですよ。
それと、以前から何か人の役に立つことをしたかったんです」
井上さんはまさに、
「人間と言う肩書きで生きている人」なのだと思う。














































分刻み(秒刻み?)で動いてらっしゃる残間さん お身体大切にしてくださいね。ブログにはいつも懐かしい方の名前が多々登場していつもその時代が思いだされます。
早速の書き込みありがとうございます。
クラブ・ウイルビー、拝見させていただきました。
私は、人間嫌いではありませんが、一人でいる事が一番楽な性格です。
行動的にはなれませんが、オピニオンボードを読む事から始めさせていただきます。
p.s 『引退モード…』は夫が購入してきた本ですので、私のブログの書き込みを見て驚いていました。
こんにちは。
私は北海道に住んでいます。
本州からこちらに移り住む方が増えているように思い
ます。食べ物は美味しいし、災害も比較的少ないし
生活しやすいですが、除雪をしないとならないので
それが一番しんどいですね。
大きなデパートが撤退したりと寂しいものがあります
が、身のたけで生活していればなんとかなります。
井上さんは小樽へ来られるのですか。海のものが
美味しいそうですよ。残間さんもぜひ北海道へきてみて
ください。活性するため、パワーを頂けると嬉しいです。