5月3日(日)23時06分
ゴールデンウィーク真っ只中の今日、
千葉で看護師をしている女友達から、
「郷里に帰って、いつも忙しくてなかなか会えない100歳の母と、
ゆっくりお喋りでもしながら過ごそうと思います」
というメールが届いたかと思ったら、
横浜在住の女友達からは、
「母親を連れてアクアラインの海ほたるまで、
『1000円渋滞』を体験して来まぁ〜す」
という留守電が入っていた。
.........みんな、どうしちゃったんだろう。
不景気や新型インフルエンザが影響して、
行動が内向きになっているからなのか、
はたまた寄る年波もあって(母も娘も)
自然にそんな気分になったのだろうか。
実は、ナカヤマまでもが、
お兄さん一家と静岡に住む母親を呼び寄せて、
「兄夫婦が旅行に行きたいと言うので、
心置きなく行かせてあげたいと思って。
母はこの前に来た時、
この先上京するのは無理だと思ったみたいで、
『お泊まり道具一式』を静岡の家に送り返していたんだけど、
再度私の家に送り返してもらったの。
こんなに長い休みはいつまた取れるか判らないし、
ホラ、親孝行は出来る時にやっておかないと、
後悔するっていうじゃないの」などと、
殊勝なことを言いながら、張り切っているのである。
私は、今回のGWは、
積み残していたもろもろを、
一気に片づけるために使おうと考えていたのだが、
女友達の親孝行ぶりを見るにつけ、
「私も.........」という気持ちになり、
母に「どこか、行きたいところない?」と聞いてみた。
「3年ほど前から行きたいと思っていたんだけど.........。
藤の花を見に行けたら嬉しいなぁ。
絵を描きたいんだけど、
藤の花って、お花屋さんにも売っていないし、
めったに実物を見ることがないでしょ」
「3年ほど前から.........」は初耳だった。
そんな前から思っていたのなら、もっと早く言えばいいいのに。
水臭いというか、淋しいというか.........。
別段咎め立てしているわけではなさそうだから、
ただ「そう思っていた」ということなのだろうが、
それにしても最近の母は「えっ?」と思うようなことを、
何気なくポロッと口走るのである。
年をとると「飾り」(ある種の気遣い)を捨てて、
素直になるのか、率直・直截になるのか、
昔なら決して言葉にしなかったようなことを、
平気で口にするのに驚かされる。
私は言葉に過敏なところがあるので、
その都度傷つくのであるが、
よくよく検証しても、
本人は「何気なく」言っているだけみたいなのである。
(「何気なく」だから、深層心理に繋がっていて、
かえってコワイという話もあるが)
「解った、藤の花ね。どこがいいか調べてみるわね」
というわけで、インターネットで調べてみた。
母の体調を考慮すると(先日転んで全身打撲し、
しばらく整形外科に通院していたということを考えると)
車で行けるところしか無理だから、
亀戸天神か芝離宮だろうか。
江戸時代から「亀戸の五尺藤」と言われ、
藤の名所として名高い亀戸天神の藤は15棚100株もあるという。
ネットで写真を見ると「素晴らしい」の一語。
これなら「3年待った母」も文句はあるまい。
念のため亀戸天神に電話をしてみたら、
「今年は暖かかったので、既に散りました」とのこと。
一方の芝離宮は、
「温暖な気候に加えて、今年は藤棚に当てている、
竹の渡しを新しくしたので、あまり花が咲かなかったので、
そろそろ散り終わるころなんです」という。
「そろそろ散り終わる.........」ということは、
まだ少しは残っているということか。
「ええ、でも少しですよ」
一縷の望みを託して、いざ芝離宮に。
浜松町駅のすぐ横に入り口がある芝離宮は、
正式には「旧芝離宮恩賜庭園」という名称。
近くの浜離宮に比べると大分小ぶりで、
母が散策するのには丁度いいスケールだ。
小石川後楽園とともに、
現存する最も古い大名庭園のひとつなのだという。
幕末には紀州徳川家の芝御屋敷となり、
明治4年に有栖川家のものとなったのを、
その後宮内省が買い上げて、
昭和13年に昭和天皇の御成婚記念として東京市(都)されたという庭園で、
明日は「都民の日」なので、無料開放されるのだという。
肝心の藤の花だが、係の人が言った通り、
まだ少し花が残っていた。
母は一応は喜んだ。
一応は喜んだが、また一言、
「来年、ちゃんと咲いた時にまた来たいわね。
この花だと『3年待った甲斐』ということからすると、ちょっと辛いじゃない?」
ポロッと言うのだった。














































>私は言葉に過敏なところがあるので、その都度傷つくの
であるが、よくよく検証しても、本人は「何気なく」言っているだけみたいなのである。
(「何気なく」だから、深層心理に繋がっていて、
かえってコワイという話もあるが)
そうなのです。私も言葉に敏感な方なので”この人こんな人が傷つく事サラリという人だったけ?”とびっくりする事がたまにあります。私だけならまだしも義理の姉に(兄夫婦と同居している)言ってる場面に遭遇したりするドキッと心臓が縮む感覚すらありますが、母のプライドもあるだろうし、その場で諭す訳も行かず、さりとて時が過ぎてからではタイミングが掴めずいつもそのままの状態になってしまいます。まだ残間さんのように”しょうがないなー”という大人の境地にまで達していないのでこの対処法は如何なものかと少しだけ悩みの種です。とは言っても母とは仲良しで、本日これから母の手料理を頂きに実家に帰りまーす!そして5月中旬からは殆ど母の専属添乗員状態で韓国旅行の予定ですが、果たしてこのインフルエンザの騒ぎの中で行けるのだろうか・・・。