12月8日(火)24時28分
夏に「willbeアカデミー」を開講した際に、
修了証を創って下さった浅葉克己さんと、
遅ればせながらではあるが、
お礼を兼ねての食事会を開いた。
「明日はADC賞のグランプリ受賞の式典があるので、
歩いて帰れるところにしてね」ということで
浅葉さん同様、willbeのサポーティングメンバーになって下さっている、
岡田大貮さんが経営する「ダイニーズテーブル」で、
上海蟹をいただきながらの楽しいひとときとなった。
仕事の話以外で、
こんなにゆっくり話をするのは何十年かぶりだったので、
2人の出会いから(25、6年前に開かれたシンポジウムの、
出演者同士で会ったのだが、その時のテーマが、
当時は誰もまだ気がついてはいなかった「環境問題」
だったというのだから驚く)
ここに至るまでの折々の話をしたのだが、
すべての話が氏のクリエイティビティで貫かれており、
デザインを学ぶ若者たちに聞かせてやりたい話ばかりだった。
今から三十数年前の、
原宿から青山にかけての界隈は、
未来を夢見るクリエーターたちが集まっている場所だった。
今はGAPの大型店舗になっている場所にあった、
セントラルアパートには、
矢崎泰久氏が率いる「話の特集」編集部から、
高平哲郎さんが主宰する気鋭の作家集団「アイランズ」
をはじめとして、浅井慎平さんら写真家、
デザイナー、イラストレーター、スタイリストなどがオフィスを構え、
アパート中がクリエイティブスペースだった。
隣接する「レオン」という喫茶店では、
コピーライターの糸井重里さんや、
スタイリストの草分け的存在の高橋靖子さんや、
イラストレーターの和田誠さんらに混じって、
時代の先端を行くミュージシャンや役者等が出入りしていた。
いつだったか林真理子さんが、
「山梨からわざわざ原宿レオンを見に来た」と書いていたが、
私も高校生の頃、富士山の麓の小さな町で、
「レオンって、どんな店なのだろう。私が行っても入れるのかしら」
などと思っていたものだった。
私が30歳で会社を作った時、
毎日でも「レオン」を見ることが出来る場所にオフィスを構えたのは、
「この界隈にいるだけでクリエイティブな気分になれる」ということが、
あったように思う。
そして、たしかにあの頃の原宿・青山界隈に、
棲息していたクリエーターたちは、
互いを、切磋琢磨し合う「好敵手」に見立ててはいても、
隙あらば蹴落とそうなどと思っている人はおらず、
(そういう陰口は聞いたことがなかった)
「場の力」「人が集合している力」を糧にして、
それぞれが自分の夢を掴もうとしていたように思う。
それは、同時にまだデザインとかクリエイティブなどという世界が、
世の中の主流ではなかったことをも意味するのだが、
「場の力」と「人の力」が合体して、
そこに新しい文化が形作られる、
言わばアートやクリエーションの黎明期を、
実際にこの目で見ていられただけでも、
とても幸運なことだったのだと、
今さらながら思い知らされた。
「あの頃のクリエーターはお金はなかったけど、
みんな派手で大胆だったからね。少なくとも原宿・青山にいた連中は、
全員、人がやらない新しいことをやろうって思っていたから、
毎日が実験場みたいだったよね。
田中一光さんは亡くなり、稲越功一も真木凖もいなくなったけど、
俺がこの年でまた(浅葉氏は2度目)ADCのグランプリを、
貰えるんだから、クリエイティブな世界は、
まだまだ捨てたものじゃないと思うよ。
世の中、格差が広がる一方みたいだけど、
ものを創る世界だけでも頑張っていかないと、
どんどん仕分けされて、文化がなくなってしまうからね。
.........今、俺に出来ることは何かと考えて、
最近は近所の小学校の課外授業でデザインを教えているんだよ。
デザインって「センス」だから、
大学生ぐらいから教えても駄目なんだよね。
残間ちゃんも子供のためのデザイン教室、やらない?
だって講師はwillbeにいっぱいいるじゃない」
「デザインはセンス、もっと言うなら生きるセンス」
未来を憂う重鎮の言葉は、心に重く響いた。
デザイナーになるのは無理でも、
生涯「自分の人生のデザイン」を放棄してはいけないなと、
改めて考えさせられた。
*浅葉さんのADCグランプリ受賞作は、
「21_21 DESIGN SIGHT~ 祈りの痕跡。展浅葉克己日記」
You Tube「ADC賞2009」で「受賞」について語る、
浅葉さんの映像が見られます。














































> 世の中、格差が広がる一方みたいだけど、ものを創る世界だけでも頑張って、、、
> 「デザインはセンス、もっと言うなら生きるセンス」、、、
◆25年も働けば、財貨の蓄積に格差が生じますが、個人の生産手段(自宅の
有無など)の違いによって、その大きさが異なるのは、とても不平等な社会です。
◆人がデザインに記号論的(他人との違いをモノで示す)な価値を見出す以上、
新たな価値観を表現するデザイナーは必要・不可欠です。 であっても、、、
医者や弁護士のためにデザインした車を、普通のサラリーマンが乗り回す、
とても自然?な庶民感覚!を、ある意味、容認したい!!!
◆裏を返せば、持ち物で個人の真価を判断できない社会は、とてもありがたい!
街角の普通のオバちゃんが、私が戯作した漢詩を読み、「あんたに刺激され、
和歌をそえ、久しぶりに友に手紙を書いたよ!」と言われた時など、、、
このオバちゃん、独自の人生デザイン(感性)を確立している!・・・と感じます。
(text end)
「デザインはセンス、もっと言うなら生きるセンス」・・・・かって50になったら、自分の顔に責任をもつべしと言われたように、記憶しますが、面城生さんのようなオバちゃんや、オバアちゃんにお目にかかると、味わい深い名画をみるような美しさを感じますね。
自分も、ものを選ぶ時、すべてまず外見から選んでいるこことに気がつきます。まず外見の美しいものに惹かれて、しかるのち中身を確認すると言う手順ですね。であれば、自分の外見はいかなるものなりや責任がありますね。妻にはいつも、なじられています。
No.6 卒業生さん、コメントありがとうございます。
私も、はきもの店の看板娘だった家内から、しょっちゅう、なじられています。
> デザインって「センス」だから、大学生ぐらいから教えても駄目なんだよね。
◆「センス」にも格差が、、、婿養子であった父は富裕層の三男坊。仕種や服装に、
清貧を旨とするしかない家系に生まれた私には、越えられない厚い壁(センス)が
今も存在します。それをフォローするのが高等教育で培うセンスなのでは?
・・・とも思いますが?
◆清貧ではあったが、我が家系の大叔父や伯父は高等教育で培ったセンスで
輝いていました。先のコメントで紹介したオバちゃんは、市立第二高女卒で、
東海中(国公立医学部進学率トップ?)→名古屋薬専卒の伯父(青春期に他界)の
イイナズケであったので、漢詩が理解でき詩聖たちの作品を諳んじているのも、
うなずけます。生活センスは、遺伝しないが、家風として継続(伝承)するので
とても怖いです。清貧を心掛け、蓄えた財貨は、たとえ僅かでも、教育(人材)へ
優先させるべき!・・・と考えます。
※毎年、捻出した僅かな財貨から子供らの脳へ蓄えた価値(教育で創り出
したセンス)には、課税できないし相続税も発生しないので、投資先としても
超有望株?でした。
私はタダの主婦ですが、10年程前に、子育て一段落したらやってみたい!というもの(デザイン関係)に出会い、教室に通いだしました。
しかし、60代の講師のかたが言うのです。
「絵が描けるぐらいで、これができると思わないでねぇ」
「これをやるにはお金が掛かるのよ~」
「私は、言う事聞かない人が大スキ!」
飛び出す言葉に返す言葉もありませんでしたが、どうも、私は誤解をされていると気付きました。 しかし、方向性の違いを解り始めていた私は、講師に丁寧にお礼を申し上げ、その教室を去りました。
今は、作品を心から尊敬できる先生に出会い、指導を受けています。
クリエイティブな世界にやっと少しだけ入る事ができたシニアの私には10代20代のようには吸収しにくいのですが、大袈裟かもしれませんが頑張れる力が湧いてきます。
隙あらば蹴落とそう・・・などと、そんな考えは解らなくはないけれど、そんな若くもない歳シニアになったなら、包容力持とうよ~!!という出来事でした。
kiraさん、こんばんは。 コメントへの感想です。
> 「絵が描けるぐらいで、これが(Design)できると思わないでねぇ」
> 「これをやるにはお金が掛かるのよ~」
> 「私は、言う事聞かない人が大スキ!」
・・・私も同じ主旨の言葉を聞いた事があります。
芸大卒の新人には、綺麗な曲線や材質(質感)の表現に長けているだけで、デザイナーとの自己認識が既に備わっていますが、、、真のクリエイターには、デザイン部長や企業トップへのプレゼンテーション能力(思想的な=生活信条や哲学的な=人生観等の素養の広さや深さが、にじみ出た表現力)が必要です。そのために、、、芸大の教育費と、更に人格の味わい深さを養うための膨大な無駄金(放浪費)が必要なのでは?・・・と、講師の経歴が言わしめたのでしょう?・・・か?
デザイナーには、従来から市場に広く認めらた記号論的なサイン(形=価値)を破棄して創作する機能を持ち合わせる自立した強い感性が必要なため、「言う事聞かない人の方」が、特に工業デザイナーには適している!・・・と
私の様に、平凡な人生を志す人は、デザインの仕事は向いていませんね。
(text end)
面城生さま、ありがとうございます。
私も平凡な主婦です。
ですから、プロ意識(?)のあまりにも強いお方の言葉に刀で切られたようなショックを感じました。
甘かったのですねぇ~わたしは・・・。
そのおかげでと言いましょうか・・・
今は何事にも慎重過ぎるくらい慎重です。(爆)