4/7(水)不元気な日には.........。

icon_zamma.jpg4月7日(水)25時06分

最近の私の朝のテーマ音楽は、
JULIE WITH THE WILD ONESの、
「渚のシャララ」だ。

片面(CDはそうは言わないのか)の、
「涙がこぼれちゃう」も素敵な曲だが、
「何となく不元気な朝」には、
私と同世代の三浦徳子さんが作詞した、
「渚のシャララ」の方が効く気がする。

特に理由もないのに、
「何となく」元気が出ないという日があって、
それが年々増えて行っているような気もするのだが、
今日はまさにそんな日だった。

常々、二十歳を過ぎたら、
「元気はするもの、させるもの」と、
思ってはいるのだが、
どうしても「そうはならない」
「そうはさせられない」日もあるのだ。

今朝もフトそんな思いを自覚して、
しかしその思いを無理には払拭させず、
「不元気も生きていればこそ」と、
まだかすかに痛みが残る腰痛同様、
痛みも憂鬱も、
この際「味わい尽くす」ことにした。

午後は、
この秋刊行予定の単行本の打ち合わせをした。
毎日1時間の隙間もないほどスケジュールが詰っているのに、
その上書き下ろし単行本など、
自分でも一体どうするつもりなのかと思うが、
これもさまざまな縁が重なってのことだし、
どうせいつかは果てる生命なら、
「来年になったら、来そうもない話」は、
受けておこう(受けてみようじゃないか)と、
思ったのである。
(......と、ここで「宣言」した以上はやるしかないもんね)

長年の経験で解ったことだが、
不元気な時は、
来たモノは(仕事でも人でも)何でも、
引き受けてみるのがいい。
新しい場と新しい人と新しい事。
そこから思っても見なかった、
新しい地平が見えて来るということがあり、
いつしか不元気が元気に変わる、
ということも少なくないのである。

夕方からは、
先頃「willbe直島アートツアー」でお世話になった、
ベネッセの星久人さんのコーディネイトで、
映画監督の松井久子さんにお会いした。

松井さんは1946年生まれ。
1998年に監督第一作作品「ユキエ」で、
「日本映画制作者協会フィルムフェスティバル最優秀新人監督賞」
をはじめとして、数多くの映画賞を受賞、
2002年の二作目作品「折り梅」では、
製作、脚本、監督の三役を務め、
これも出演した吉行和子さんが「田中絹代賞」を、
原田美枝子さんが「全国映画鑑賞団体連絡協会女優賞」を、
そして監督の松井さんも「同特別賞」を受賞するなど、
同世代の働く女性として、
私もひそかに尊敬している方だ。

「何年ぶりになるのかしら」
会うなり松井さんは懐かしそうに言ってくれた。

「あなたが雑誌『Free』の編集長をやった時だから、
あれは1980年代よね」
「ええ、あれは1983年、私が33歳の時ですから、
もう27年前になりますね」と、私。
「あなたの雑誌で、ビートたけしや吉田拓郎に、
インタビューの仕事をさせて貰ったのよね」と、
松井さんはおっしゃるが、
「いいえ、松井さんは素晴らしいインタビュアでしたから、
お願いしてやっていただいたのです」と、
当時の元気な松井さんを思い出しながら答えた。

私たちを引き合わせようと、
今夜の席を作ってくれた星さんは、
二人が顔見知りだとは思っていたみたいだったが、
かつてしっかりとした接点があったことに驚いていた。

松井さんは早大文学部を卒業後、
フリーライターを経て、
役者のマネージメント会社を経営し、
その後、映像制作会社を興して、
50歳で映画監督になった才媛で、
(ここは私とは異なるが)
その間、結婚と離婚を体験し、
息子さんを女手一つで育てたという点では、
私の先輩格で、いつかゆっくり、
お会いしたいと思っていたのである。

目下、構想8年、前の2つの作品同様、
幾多の苦難を乗り越えて製作した、
日米合作作品「レオニー」の、
今秋公開に向けて、
奔走する毎日だという。

この映画は、
今から100年も前に、
日本人男性と恋をして、
身ごもった男の子を私生児として産んだ、
アメリカ人女性レオニー・ギルモアの生涯を描いた作品。
自らの意志で産んだ混血の我が子を、
はじめはアメリカで育てていたのだが、
人種差別に遭ってみじめな人生は送らせたくないと、
その子を抱いて海を渡り、
言葉も通じない日本にやって来て、
英語教師をしながら懸命に子育てをした女性だ。

「生まれながらにして、帰属する社会を持たない我が子が、
血の違いや国境を超えて、
世界で胸を張って生きていくには、
芸術家にするしかないと、
明治時代の日本で、
彼女が愛してやまなかった日本文化を幼い我が子に注入する。
そして彼女が育てた息子は、
後に「イサム・ノグチ」という世界的彫刻家になって、
母の積年の思いを実現させる。
百年前のアメリカ社会で、
女性の自立教育を真っ先に受けた、
レオニー・ギルモアというひとりの女性。
彼女の「恋」と「出産」と「子育て」。
それを映画にしたら、
百年後の今の女性たちはそれを観て、
何を思うだろうか」(松井さんの著書「ターニングポイント」より抜粋)
これが、監督第三作に寄せる松井さんの思いだ。

家具や彫刻、公園の設計などで知られるイサム・ノグチは、
ある時期女優山口淑子さんと結婚していたことは知っていたが、
お母さんのことは知らなかった。

20世紀初頭のニューヨークで、
名門大学を出たアメリカ人女性が、
日本から来た青年詩人と出逢い、
共に詩作をするうちに恋に落ちるのだが、
青年は妊娠を知った途端、日本に帰ってしまい、
静かに独り未婚のまま、
混血の子を産んだというレオニー。
この時代に生きる女たちにも、
大きな勇気を与えるのではないだろうか。
(原作はドウス昌代さんの「イサム・ノグチ~宿命の越境者」)

制作費捻出の苦労、
配給会社が決まるまでの苦難.........。
松井さんの映画作りは、
山また山、壁また壁の日々なのだが、
必ず突破口が見つかるのも大きな特色で、
今回も沢山の支援者によって実現したのだという。

苦労話が苦労に聞こえない、
松井さんのお話を聞きながら、
明るい音楽をかけても、
不調を自虐的に味わい尽くしても、
新しい仕事を引き受けても、
拭えなかった朝からの不元気が、
一気に解消した。

不元気を完全解消するには、
やはり元気な人に会うのが一番みたいだ。

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おはようございます。

イサム・ノグチ氏には前から興味があったので、このブログを読んで、Amazonにて早速「イサム・ノグチ~宿命の越境者」(上下)を注文しました。到着が楽しみです。

人の出会いは出会うべきして出会っているのかな。

偶然なのか必然なのか、意識的なのか、無意識なのか。

出会おうとしても出会えない。

出合っているのに、出会えない。

不思議な出会いの世の中だ。

直島のツアーでは、お世話になりました。

 腰痛の具合はいかがでしょうか?

 小生は、2ヶ月ほど前から、50肩(左側)を煩い

 2日前に何と、左足首を捻挫してしまい、身も心も

 凹んでいました。

 残間さんの「不元気も生きていればこそ」「痛みも

 憂鬱も味わい尽くす」の言葉に勇気づけられました。

 気持ちだけでも前向きに頑張るゾ!
 

私もイサム・ノグチさん好きです。

三宅一生さんが大好きなのですが、その関連でイサムノグチさん、
田中一光さんなどなど。
部屋が大きいかったら、AKARIシリーズをそろえたいのですが、
いまの部屋では邪魔なだけです(笑)

腰痛お大事に・・・。

今回PC教室には参加出来なくて残念ですが、5月9日は参加します。

ちょっと、スタッフ募集に興味があるgizmoでした。

一昨日の夜、NHKのSONGSに沢田研二サン、出演されていましたねー。
「カサブランカダンディー」や「TOKIO」など数々の名曲、当時はジュリーが歌えば何でもヒットするんだろうくらいに感じていましたが、一つのヒット曲が世に出るまでには様々な戦略が練られているんだな、と知りました。
「渚でシャララ」。往年のジュリーらしい軽快な曲ですね。渚の曲といえば以前、「砂に書いたラブレター」(だったかな)といういいメロディの曲があって、好きでした。「渚でシャララ」、買ってみようと思います。

はじめまして。
松井監督に教えていただきまして、
こちらのブログ記事を、私たち
「松井監督の第三作を応援する会 マイレオニー」の
ブログで、ご紹介させていただきました。
私たちは松井監督の第三作『レオニー』を応援する
ネットワークです。(そのまんまの会名ですが…)
私たちも松井監督に会って元気をもらった仲間です!
今年いよいよ『レオニー』公開を迎え、
今まで以上に頑張って応援していこうと思っています。

ノグチ・イサム氏の彫刻を大原美術館で拝見しました。「日本のロダン」と、紹介されていたように思いますが。
「レオニー」の上映は、残間さんのブログを読み私の中で興味深いものになりました。
「渚でシャララ」YouTubuで早速聴いてみます。

初めまして!
札幌市のモエレ沼公園にも是非いらしてください!
http://www.sapporo-park.or.jp/moere/moe/index.php

イサムが未来の子供たちに遺した素晴らしい公園です。

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フォトアルバム

4月5日(土)

photo_nikki六本木ヒルズのパンジー

photo_nikkiアークヒルズ中庭の桜。

photo_nikki首相官邸沿いの新芽の出たポプラ(上)と桜並木(下)
photo_nikki

photo_nikki内閣府前。

photo_nikki参議院会館前。

photo_nikki国立国会図書館前。

photo_nikki憲政会館の下の通りにはドクダミが。

photo_nikki内堀通り沿いの桜(奥に見えるのは警察庁と国土交通省)

photo_nikki首都高都心環状線沿いの桜。

photo_nikkiお濠の周りには観光バスが列を連ねていました。

photo_nikki皇居内堀に咲く花々。

photo_nikkiカルガモ発見!



4月3日(木)

photo_nikki日中文化交流協会・前会長の辻井喬さんを偲ぶ会。

photo_nikki左は「日本介護福祉グループ」の藤田英明会長、中央は必殺紹介人のモリベ氏。



4月2日(水)

photo_nikki青山通りから見た赤坂御用地の桜。

photo_nikki赤坂警察署前の桜。

photo_nikki赤坂・豊川稲荷は、早くも葉桜です。

photo_nikki国立劇場前。

photo_nikkiFM東京前。

photo_nikki英国大使館前。

photo_nikki千鳥ヶ淵の桜。

photo_nikki桜を眺めながら昼食をとる外国人ビジネスマンの姿も。

photo_nikki靖国神社の桜(右端に鳥居があります)

photo_nikki梅窓院の桜。

photo_nikki
寺島文庫の文庫犬エリゼと。



4月1日(火)

photo_nikki神宮外苑の桜。

photo_nikki渋谷・桜ヶ丘のさくら通りでは「さくらまつり」が開催中。

photo_nikki林真理子さん還暦パーティの引き出物。



3月31日(月)

photo_nikki富士川鉄橋付近を通過。

photo_nikki京都の東寺。

photo_nikki大阪で千秋楽を迎えた、地球ゴージャスプロデュース公演「クザリアーナの翼」



3月29日(土)

photo_nikki吉川公園に向かう途中の桜並木(三分咲きでした)

photo_nikkiグラウンドの土手には鮮やかな菜の花間畑が!

photo_nikki南青山ぼちぼち団のメンバーと。

photo_nikkiぼちぼち団の新キャプテンのフジタ氏。

photo_nikki開会式で挨拶をする椎名誠さん。

photo_nikki八丈島や大阪からも参戦。



3月24日(月)

photo_nikki南紀白浜空港。

photo_nikki空港の隣には「アドベンチャーワールド」が。



3月23日(日)

photo_nikki川湯温泉。河原に穴を掘って作った「my露天風呂」に入浴中の人たち。

photo_nikki湯の蜂温泉。

photo_nikki卵を網に入れて、湯筒で茹でています。

photo_nikki熊野那智大社

photo_nikki
那智の滝。

photo_nikki香炉にぶら下がっているこま犬が可愛い。

photo_nikki熊野本宮大社。

photo_nikki昨年の台風12号の被害の爪痕が残る熊野川の河岸。

photo_nikki和菓子屋「儀平」の堀本京子さんと。

photo_nikki「アドベンチャーワールド」の入口。

photo_nikki食欲旺盛なオスの海浜(カイヒン)君と。

photo_nikki海浜君の妹の優浜(ユウヒン)ちゃん。

photo_nikki手前が海浜君、奥が双子の陽浜(ヨウヒン)ちゃん。

photo_nikkiペンギン王国。

photo_nikkiラッコたち。

photo_nikki三段壁の夕陽。

photo_nikki

photo_nikki白浜名物・クエ鍋。



3月22日(土)

photo_nikki奈良県から和歌山県へと流れる紀の川

photo_nikki高野下駅舎。

photo_nikkiケーブルカーで高野山へ。

photo_nikki頂上には前日降った雪が積もっていました。

photo_nikki金剛峯寺。

photo_nikki紀州の春。

photo_nikki

photo_nikki

photo_nikki



3月21日(火)

photo_nikki小さな誕生日ケーキでお祝い。

photo_nikki仁坂吉伸和歌山県知事から、誕生日祝いに送って頂いた「焼き梅」



3月18日(火)

photo_nikki
工事中の「ホテルグレイスリー新宿」外観。

photo_nikki花粉症対策マスクを装着した八丁地常務執行役員と。



3月14日(金)

photo_nikki「日本創生委員会」が開催された東京會舘の桜。



3月13日(木)

photo_nikki雨滴の向こう側にうっすらと浮かんでいるが河津桜です。

photo_nikki会席料理にも添えられています。



3月11日(火)

photo_nikki春まだ遠し。

photo_nikki米原市の手前。遠くに見えるのは伊吹山。

photo_nikki1階のナレッジプラザに展示されている巨大プール(実は絨毯です。中央の水色の部分に立って周りを見ると、プールの中にいるように立体感が味わえます)



3月10日(月)

photo_nikki
今季最強の寒波も3年前の震災の日を想えば・・・。

photo_nikki
津村禮次郎さんによる能

photo_nikki奥でヴァイオリンを演奏しているのが古澤巌さん。手前左がチェリストの大藤桂子さん。

photo_nikki華道家・前野博紀さんにより献花。



3月8日(土)

photo_nikki母のホームに向かう途中、小学校の校庭沿いには春の花が。

photo_nikkiボケ(木瓜)の花。

photo_nikki大和夢之介さんの独立15周年記念パーティにて(右から、平山みきさん、大和さん、川上麻衣子さん、私)

photo_nikkiwillbe混声合唱団の活動の様子。

photo_nikki特訓!(合唱団を支える貴重な男声です)



3月7日(金)

photo_nikki歳川隆雄さんの出版記念パーティ。

photo_nikki会場に届けられた政治家からの花輪。

photo_nikki会場にいらした田原総一郎さんと。



3月3日(月)

photo_nikki5時間煮込んだ蕗の煮もの(右)と山椒の佃煮(左)



3月2日(日)

photo_nikki帰りに立ち寄ったナカヤマの実家では、お義姉さんが育てた梅が花を咲かせていました。

photo_nikki

photo_nikki



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
イースト・プレス
【価格】
1,470円

引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
日本経済新聞出版社
【価格】
1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。