5月29日(土)23時22分
昨日、今日と、
「異動」の話が相次いでいる。
通常異動が多いのは、
毎年6月末に開催される株主総会の後なのだが、
半期が過ぎるこの時期にも、
管理職などの異動が行われるケースがあるのだ。
中でも昨日発表されたNHKの異動は、
私にとっては大きな出来事だ。
本人たちにとっては「昇進」なのだから、
喜ばしいことなのだと思うが、
「どよう楽市」をやらせていただいて丸3年、
この間に初代パートナーの上田早苗さんが去り、
次いで、今年は大沼ひろみさんが去り、
その間にも私を起用してくれたチーフプロデューサー氏が去り、
仲良しの若きディレクター氏が2人去り.........というように、
NHKでは異動は珍しいことでないのである
もちろん、
その後に配属された人たちも、
みんないい人ばかりだから文句はないのだが、
それでも平均2年でお別れというのは、
霞が関(役所)システムと同じで、
ようやく気心が知れてきて、
「さてこれから何か新しいことをしよう!」という時に、
グッバイなのだから、
ちょっともったいない気もするのである。
今回の異動では、
私がとても信頼していた人が、
奈良放送局に行ってしまうことが発表になった。
この時期のNHKの異動も管理職異動ということで、
彼も管理職に昇進する異動なのだから、
めでたいことなのだが、
何となく心細い。
1992年、
「第13回日本文化デザイン会議in山梨」という、
フォーラムが山梨県甲府市で開かれ、
私は議長を務めたのだが、
その時、NHK山梨放送局にいた彼が取材に来て、
いろいろ話をしているうちに、
彼は私が懇意にしていた、
(というよりはいろいろご教示いただいていた)
さる作家の息子さんだということを知ったのだった。
「あの破天荒な(やゝ無頼の)作家に、
こんなきちんとした息子さんがいたんだ........」
という印象は残ったのだが、
その後は縁がなく、
関係性はそのまま封印されていたのが、
昨年「どよう楽市」に配属になって、
十数年ぶりに再会したのだった。
山梨から東京に来るまで、
何ヶ所か転勤になったということだが、
この間、結婚もし、父親にもなった彼は、
既に立派な大人になっており、
ふとした時にもらす言葉のセンスは父親譲りで、
私が番組をやる上で、
細やかな指針を与えてくれた人だった。
上田早苗さんは大阪に、
昨年異動になった若きデイレクター氏は広島に、
そして今度の彼は奈良に.........。
まぁしかし、考えてみれば、
今一緒に番組をやっている人たちも、
いつかはどこかに行くのだろうから、
気持ちを切り替えて、
全国各地に親しい友人がいると思えば、
楽しみが増えたと言えるかも知れない。
そうだ、いつか時間が出来たら、
これらの若き友を訪ねて旅をするのも楽しそうだ。
(それでも、あんまり遅くなると、
みんなまた東京に戻ってしまっているだろうから、
ほどほどで仕事人生にピリオドを打たないとね.........)
NHK以外でも、
ここにきてipadの出現の影響もあって、
出版界にも変化の波が押し寄せているようで、
中小の出版社にいた人間が、
編集プロダクションを作ったり、
フリーになったりと、
「自己異動」の人たちが増えているみたいだ。
今日も二人から、
「退(転)職報告」のメールが届いた。
一人は出版社を辞めてフリーエディターになって、
書籍を作り続けていきたいという20代女性で、
もう一人は、フリーランスを返上して、
大手出版社傘下の編集プロダクションに、
再就職をするという30代男性だ。
二人とも「BCCにて失礼します」という,
淡々・あっさりとしたメールで、
自分の「一身上の都合」を大袈裟に、
喧伝することもないが、
あまりあっさりしているのもこれまた淋しい。
マツダイラとの別れが濃密だっただけに、
別離に敏感になっているのかもしれない。














































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