7月30日(金)24時46分
今日は久しぶりに、
パネルディスカッションの、
コーディネーターを務めた。
パネリストなら、
用意もさほどいらないのだが、
コーディネーターともなれば、
事前勉強が必要なので、
この1週間は、
暇を見つけては資料読みをしていた。
各パネリストのプロフィールを諳んじるのはもちろんだが、
それぞれがテーマに対してどう考えているのか、
周辺取材をしたり、
著作を読まなければならなかったりで、
事前段階に相当時間がかかるので、
最近はなかなか引き受けられないでいたのだが、
今日は目下闘病中の浅野史郎さんの、
「代役」ということで引き受けたのである。
テーマは、
「今、これから、ふるさとが面白い。
ふるさとの元気を語ろう」というもので、
NPO法人ふるさとテレビの、
5周年記念事業企画だ。
パネリストは今般11県知事で結成された、
「自立と分散で日本を変えるふるさと知事ネットワーク」から、
福井県知事の西川一誠さん、奈良県知事の荒井正吾さん、
鳥取県知事の平井伸治さんと、
このネットワークの政策アドバイザーになっている、
東京大学の坂田一郎教授の4人だ。
最近では大阪府知事や宮崎県知事など、
個性の突出した知事がクローズアップされているが、
今日の3人は派手さはないが、
西川さんと平井さんは旧自治省の出身、
荒井さんは旧運輸省の出身者で、
実のある仕事ぶりで名を馳せている知事たちだ。
私は1998年に、
東京大学の月尾嘉男教授を中心にして創られた、
「地域から変わる日本推進機構」の、
メンバー兼事務局員(各知事の日程調整や、
お弁当の買い出しなどの雑用も担当)を、
していたことがあるのだが、
(これが後に「改革派知事」と言われるようになった、
三重の北川知事、高知の橋本知事、岐阜の梶原知事、
秋田の寺田知事、岩手の増田知事、宮城の浅野知事ら6名)
今日コーディネイターを務めながら、
あの頃の事を思い出していた。
あの頃も、
「日本を変えるには、地域・地方から変わるしかない」との、
問題意識から立ち上がったのだが、
互いの地域をみんなで訪問し合いながら、
それぞれの地域の個性や特性を指摘し合い、
地方分権の可能性を探り続けたのである。
その後も首都機能移転や道州制など、
さまざまな策が検討されたが、
特効薬は見つかっていない。
「福井県は学力、体力ともに日本一です。
毎年3000人の18歳が、
東京や大阪など大都市の大学に行ってしまいます。
4年経って、何人が戻ってくると思いますか。
1000人だけなんですよ。
子供一人18歳まで公的支援を計算すると、
学校の先生の給与なども含めて、
一人1700万円かかります。
その結果が都会で働いて、
ふるさとには戻らないというのですから淋しい話です」
と、西川さんが言えば、
「奈良はもっと帰りません。
それどころか、住んではいるけれど消費をするのは大阪、
という人たちが増え続けていて、
消費の相当の部分が県外に流れて行っているのです」と、
荒井さんも言う。
「うちは今は『ゲゲゲの女房』で、
来県者が増えているし、
間もなく『アイリス』のロケも始まる予定ですから、
こういうことをチャンス見立てて、
少しでも鳥取の良さを知って貰えるようにと、
頑張っています」と、
47歳の平井知事は少し誇らしげに言う。
ゲゲゲブームも平城遷都1300年祭ブームも、
いずれは去ってしまうかもしれない。
都市と地方が対立構造ではなく、
互いに補完し合いながら、
共存していくためには、
元気で軽やかな団塊世代が役立つのではないかという話が、
今日のパネルディスカッションでも、
たびたび出た。
生まれ故郷でもいいし、
配偶者や友達のふるさとでもいい、
単に好きだと思う地域でもいい。
2地域居住でも3地域居住でもいいから、
私たちがマルチハビテーションを志向すれば、
地方は変われるかもしれない。
2010年夏、
激暑のアスファルトジャングルを抜け出して、
ふるさとの海山や、草原、里山の夏を、
味わってみてはどうだろう。
午後8時。
明日から、
最近歩行が難しくなったという、
お父さんの様子を見がてら、
北海道の羽幌町へ帰省するミノヤの歓送を兼ねて、
スタッフで暑気払い会をやった。
「羽幌の気温は24、5度ですから、
東京よりは過ごしやすいのですが、
動けない父の姿を見るのはちょっと辛いんですねぇ。
でも、いつも兄貴たちに任せきりですから、
せめて少しは手伝ってきます」
子ども時代の思い出が散らばっている、
ふるさとの夏は、
いろんなことを感じさせてくれることだろう。














































実家の兄の言葉を思い出しました。
千葉・房総半島の南端で地味に、花の生産&議員の生活をさせて頂いていますが彼の悩みもいつも町の財政の悩み。
「子供達を産まれてから学校卒業まで大事に少ない税金から
育て勉学を応援し、税金を払う年齢になるとみんな東京に
行っちゃうんだよ~。それでな、定年までしっかり所得税や
住民税を外に落として、その後は地元に帰って来て福祉を受けるわけだよ。
だから、町では子供は生まれないし入学式に一年生が一人って事も有るんだぞ、悲しいよ。
南房総はセカンドライフで住む人も多くて・・・・しかも高齢者なので・・・財政がひっ迫するばかりだ。
それでも住んで呉れる人達には満足のいく地域で有りたいし…」
と会うたびに言っている。
しかもJR房総線も特急が減り来町者が減り・・・。
勿論私もその中の故郷に育てて頂いて上京した1人です。
個人的な話ですみません。東京に近いと言われる千葉県でも色々悩みが多い様です。
地方都市に住む若者はまだ減り続けるかもしれませんが、留学生などの外国人の若者が増えるのでは。日本文化に興味を持つ若者と、他所からその土地を選んで引っ越して来る人たちが、その土地の良さを「再発見」して、それを核として新しい変化が起こるような気がします。
ぼくは東京生まれの東京育ちですが、地元の街でも新しい文化を創り出しているのは、他所から来た青年たちです。高齢者の目立った街に、若者が越して来て古書店を始め、やがてそこに様々な若手アーティストたちが集うようになり、古本市が始まり、行政も加わって街のイベントになり、メディアの取材も来るようになり…というのをこの数年、自分も加わりながら、見てきました。チェーン店ではない、素敵な喫茶店も数件出来ました。
「福祉」や「雇用」も大事ですが、その土地に魅力的なクリエイティブな活動が生まれないと、若者が増えたり、街が活気づいたりすることはないような気がします。
何が一番大事か?特効薬なんてないですよね。地道にこつこつ日本の伝統を復活させるしか道はありません。「地足利他」の考えを浸透させるしかありません。
故郷は遠きに……でも私はいつも思います!故郷は近くに……と楽しかった思い出ばかりではありませんが、行くとその時から新しい思い出も生まれます。私は故郷が三カ所あります、今は寂しくなってきた産まれ故郷ですが、大自然は変わっておりません!土に立って父なる大雪山、母なる石狩川に向かい深呼吸をすると、何故か辛い苦しい事など消えてしまいます!こんな素晴らしい町の良さを生かされてない?理由は、過疎かしていく町は同じです。せめてもと、故郷会などには出席します。市、町、長様方の悩みも同じです。何かしたい!たくさんの方々が思っております。毎年お盆には、あ〜日本もまだ大丈夫と思って来ましたが、これから先は、どうなるのか心配です。墓参りは、家族の絆にも繋がっていると思っております。取り留めのないつぶやきになりました。ミノヤ様お父上様のお体、ご心配ですね。いつもご一緒の兄上様ご家族えの感謝も含めての里帰りと存じます。羽幌も夏休みの思い出があります(天売焼尻)新しい思い出も産まれることでしょう、朝晩の気温差にお気をつけて下さいませ。
東京も都心の方が、病院も近いし便利の声も、年配の方から、最近、聞きました。田舎に引っ込みたい、帰りたいと思っていた反面、買い物難民の話しを、聞くとどうしましょうと、思っています。老後なんて遙か先と、思っていましたが、現実として受け入れて行かなければならない。地方でも東京でも、間違いなく高齢化は、進んでいます。居心地のいい場所を、見つけたいです。居心地のいい場所は、人それぞれでしょうね。