11/19(金)父の命日。

icon_zamma.jpg11月19日(金)23時14分

(この後、アクシデントがあって校正が遅れ、
立ち上げるのも大幅に遅れてしまいました。すみません)

今日は父の10年目の命日だった。
午後からは仕事があるので、
午前中に息子と二人でお墓参りに行った。


母にも声をかけたのだが、
「十三回忌でもないし、
私、このところ腰が悪くて歩き難いので、
今回は部屋のお仏壇にきれいなお花を飾って、
一人で拝むわ」と言うので、
それ以上は勧めなかった。

以前も少しこの欄に書いたが、
母は最近、
とみに墓参に行くのを嫌がるのである。

天気のいい祥月命日などに、
「お寺の真ん前までタクシーで行くから、
一緒にお墓参りに行きましょうよ」と誘うのだが、
あまり気が進まない感じなのである。

それ以上しつこく誘うと、
「お墓に行くと、
あちらの世界に呼ばれそうな気がするから嫌なの。
私にはまだまだ知りたいことや考えたいことや、
書きたいことが沢山あるのだから、
当分はお父さんの傍には行きたくないの。
いずれは同じところに入るのだから、
それまでは出来るだけお墓には近づきたくないのよ」と、
言うのである。
(気持ちは解らないでもないので、
近頃は黙って、私と息子で行くことにしているのだ)

お寺に着いて、
手桶に水を注ぎながら、
そういえば、父が死んだ日の朝も、
今日みたいに、
美しい秋空が広がっていたことを思い出した。

「あれから10年か、早いなぁ。
僕はあの時、まだ小学生だったんだもんね」
息子が墓石を洗いながら言う。

ステンレスの花入れに花を挿し、
お線香を立てて手を合わせながら、
私は過ぎた10年を思う。

この10年、
私は十分生きたか。
生き切って来たか。
不真面目には生きては来なかったと思うが、
100パーセント生き切ったかどうかは、
............あやしいな。

「掃除、終わったよ」
息子の声に我に返ってお墓を見ると、
既にお線香が煙を上げていて、
息子のお参りは終わったようだった。

いつもそうなのだが、
お掃除はきちんとするのだが、
いざ拝む段になると、
母親の前での照れがあるのだろう、
息子はあっさりと拝んで、
そそくさと帰ろうとするのである。

「駄目駄目、今日は10年目なんだから、
しっかり手を合わせて拝みなさい。
『病気や怪我や事故や事件に遭いませんように、
見守っていてください』とお願いして、
『傲慢・不遜・尊大になることなく、
謙虚に地道な努力をします』と誓いなさいよ。
それから『家の中を汚くしません』ということも約束してね」

私はお墓の周辺を箒で掃くなどして、
息子のためにわざと墓前を離れた。

このところの「就活」を通して、
世の中の厳しさを感じ始めているせいかもしれない、
いつもなら「うるさいなぁ」という顔をする息子が、
今日は口答えもせず、神妙な顔をして、
再度手を合わせているようだった。
(見ないようにしていたので、気配だけだが)

二人で軽いランチをとって、
息子は学校へ、
私はNHKに向かった。

NHKで「どよう楽市」の打ち合わせを終えて、
オフィスに戻ると、
「このところ、club willbeのホームページを、
じっくり見させていただいているのですが、
うちの会社と何かでご一緒出来るのではないかと、
可能性を感じたものですから............」と、
ある会社の幹部がわざわざオフィスをお訪ね下さった。
具体的にこの先どう進展するのかは判らないが、
こういうお話をいただいただけでも、
本当に嬉しくて、
張り合いが出て来る。


夕方から、
昨日私とナカヤマがいなかったので、
延期となっていた、
恒例の「ボジョレー ヌーヴォーを飲む会」を開催した。
毎年この時期は、
いただいた美味しいヌーヴォーを、
スタッフ全員で飲むのである。

このあとパーティー1件と、
イベントを見に行くスケジュールを入れていたのだが、
何だか背中がザワザワして来たので、
(風邪を引きそうだったので)
大事を取って帰宅することにした。

マンションのエントランスから見上げると、
星が一つ、夜空に浮かんでいた。
(いつもこの星だけが輝いているので、
最初は飛行物体か何かかと思ったのだが、
今は父の化身だと思うことにしている)
「父星」から視線を左後方にずらすと、
母の部屋の居間に電灯が点っているのが見えた。

母はどんな思いで,
今日という1日を終えるのだろう。
父のことをどう思って過ごしたのだろう。
それはそうと、
朝仕掛けておいた精進料理は食べてくれただろうか。
(「精進料理」と言うほどのものでもないのだが、
我が家では法事の時には、母が根菜類のたっぷり入った、
お葛かけのお汁を作っていたのをふと思い出して、
今朝松茸ご飯と、このお汁の下準備だけはしておいて、
あとをお手伝いの人に託して出たのである)

さてと、
私も、あったかいお葛かけ汁を食べて、
風邪を退散させたら、
ホットウィスキーでも飲みながら、
一人静かに父を偲ぼうっと。

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コメント(13)

> 一人静かに父を偲ぼう。
私は、"葬式仏教"を疑問視する不出来な息子の代表格的な存在なので、町外れの地蔵尊を抜けた先にある先祖代々の墓に、お参りすることはありませんが、、、
父が退職後、手を入れていた姥神の圃場に立ち、畑仕事をしていると、、、ふと、、父や祖母を偲ぶことがあります。
 http://homepage1.nifty.com/JH2HTQ/data/200809.pdf
不出来なセガレではありますが、母が墓に持参するの小菊(仏花)を育てています。先週から、菊の開花が始まりました。
 http://homepage1.nifty.com/JH2HTQ/nov-16-2010/index.htm
(txt end)

残間様、お父上のご命日を秋晴れの中ご子息とともに
墓参が出来て佳い一日のご様子、私も和みました。

ご子息の中に居られるおじい様は?
大人になり、想いも新たなのかも....。

母上様が墓参に最近あまり行きたがらない??
私の母も...あの人は若いうちに逝ったから良い姿のまま!
私は...もうこんなお婆ちゃんに、あまり見せたくない!と
姉妹で大笑いしたことがあります。

辛い時にも40代で10人の子供を女手一人で育ててくれた母を
想い、頑張ってきたような気がします。

お会いしたことがありませんが、残間様の母上に見習う事が
たくさん御座います。
皆様からもこの欄のお蔭でたくさんの事を教わります感謝。

寒くなるとあんかけ(葛溶き)汁物も母の得意でした。
体が温まると心も優しくなるから、と...!!
今夜は私も、きのこ(マツタケは無理)ご飯に我が家流ので、
お米が美味しいかやもりさんのですと、香りにマツタケの味
お吸い物、永谷園を少し入れて(笑う)。
美味しくなりますヨ、
これ..おばあちゃんの知恵??

私の父は、11年前に亡くなりました。

父との会話は、私が幼い頃から父の晩年まで、山ほど記憶に残っています。

頭の中で、父の声、父の行動の数々が、再生されます。


父が亡くなった当初はそれほどでもなかったのですが、最近父のことを思うと、目頭がジーンとなります。

もう一度会いたいと思います。


最近、自分の声が父の声に似てきたなぁ、と感じます。

何気ないしぐさの中に、これは父のクセだった、というのがあるのが分かります。


親と子の別れはいつか必ず来るのは分かっていますが、大好きだった父が、今はもうこの世にいないという無常感を感じています。

hayashiさん、こんばんは。
> 最近、自分の声が父の声に似てきたなぁ、と感じます。
私は、還暦を迎える頃から、「顔が父親に似てきたね!」
・・・と多くの人に言われる様になりました。
父の遺言はありませんでしたし、最後に手術室に入る直前も母のみに、ねぎらいの言葉を残したのみで、子供らへの言葉はありませんでした。でも、遺品となった資産関連の契約書や確定申告書の控えを見ると、通常の遺言書以上に、家族を大切に想い、家族を守るための規範(行動の指針)が何であったのか!・・・の強い意思が理解できる共に、父親としての思慮深さや先見性の高さを感じ取る事ができるのです。
契約内容や申告書の数値を理解し継承できる知能が備わり、そこから父親の存在を感じ取る事が出来るまでに育ててくれた父親に深く感謝しています。 合掌
(txt end)

オイラはふと思った。
「父星」は大吉星の木星かなと。

もしひと際輝く星が南に見えたなら、
それは木星だと思います。
今夜も南の空に、凛として美しく、
その存在感を示しています。

オイラも11月19日(金)は、泣きはしなかったけど父ちゃんを思い出していた。

19日はえびす講。
いったい小さい頃の記憶はいつ頃から覚えているものだろうか?
オイラの記憶では、幼稚園ぐらいの年齢かと思う。
オイラは父ちゃんの運転するスクーターに乗るのが大好きだった。
この日も、夜だというのに訳が分からないままスクーターに乗りたくて一緒に出かけた。
着いた先では、たくさんの裸電球が明るかったのを覚えている。
えびす講が何なのか分からなかったが、夜なのに賑わっていたのを思い出す。
これが動いている父ちゃんを覚えている最後の思い出かも知れない。
前日のボジョレーヌーボーの残りを飲みながら、
遺影を静かに見つめた。
ちょっぴり酸っぱく、言い知れぬ甘いかほりに酔いしれながら・・・

その時には気付くことはなくても、
意識するともなしに記憶しているものがある。
年齢を重ねるということは、
その記憶が鮮明になることではないでしょうか。
「今」は気付かなくても、
いつかきっと!いつか必ず!!
(歳をとるのは素敵なことです、そうじゃないですか?)

今夜はみゆきの♪傾斜ではなく、♪歌姫を聴くことにしよう。
(淋しいなんて、今夜は云わない!)

私も父の三十三回忌を17日に自分なりにひっそりとしました。
夏に母や弟の年忌と一緒に故郷で済ませたのですが、祥月命日はこの家の仏壇(私の嫁ぎ先の仏壇で宗派も違うのですが)におはぎを作って供え、思い出の茶碗にお茶を淹れて手を合わせ、故郷の墓前に思いを馳せました。
車で行ったら片道1時間半ほどなのですが、往復したら結構疲れるようになって・・・(残間さんの忙しさからしたら笑われそうですが^^;)
両親の祥月命日は、私もやはりその日の天候を思い出します。父の場合は突然だったので、若かった母、息子を亡くした祖母の悲しみ、年を経るごとに違う感慨が湧いてきます。
今年の父の祥月命日には、アルバムからたった一枚だけの両親と私のスリーショットを剥いで、額に入れました。
そしてこの世に送り出してくれたことに感謝し、だから後の人生は日々の積み重ねを大切に、の気持ちで。

佐野洋子さんの『シズコさん』を先日読む機会があったのですが、終わりの

静かで、懐かしいそちら側に、私も行く。ありがとう。すぐ行くからね。

この部分だ大好きです。
=静かで、懐かしいそちら側=
なんていい表現なんだと思っています。
懐かしいそちら側に知り合いが多くなったんだなぁって。

で~も、♪色づく街♪も知ってるし、気持ちは『青春アゲイン』^^

>吉田健康さん
私も最近「みゆき病」が再発しています^^
友人が送ってくれた新しいアルバムをこの数日聴き込んでいますが、『誕生』を大きな声で歌いたくなっています。
ドライブするしかないかな?
義母のデイサービスの日が狙い目^^;

母が入院して3日目。
今朝はラジオを聴きながら、朝ごはん、昼ごはんを作り、84歳の父と一緒に食べました。84歳というと、お釈迦様より4年も長く生きているんですね。
途中、朝、ネットから書き込んだぼくのコメントがラジオから聴こえてきたので、かなり焦りました。トイレに座っている時だったからです笑。
遅い午後、母の見舞いに行き、帰りに買い物をして、久しぶりに中華丼を作りました。結構、美味しくできました。大きなフライパン一杯に作ったのですが、ふたりで全部食べてしまいました。
食後、新聞の切り抜きと読書をし、腕立てと腹筋をして、PCに向かいました。ウィルビーのイヤーエンドパーティの申し込みをしました。
今、洗濯物ができあがったので、干したら寝ます。
10年後に、こんな1日を懐かしむ日が来るのかもしれないとふと想う、静かな初冬の夜です☆                        
(ポニョの主夫日記 第1回笑)

面城生さま

私の父は準備のいい人で、葬式用の写真・遺言・父死亡時の連絡先などが仏壇の引き出しに入っているのは、父が元気だった頃から、皆知っていました。

しかし、実際に亡くなってみると、分からないことも出てきて、困り果てた母は、父に向って、
「おい、お父さん。もう一度、起きておくれ。」
と語りかけていました。


父が元気だった頃、私は親にけっこう迷惑をかけていて、自分がこんなに親が好きだったとは、意識していませんでした。

自分は父が大好きだったと気付いたのは、父が亡くなってからでした。


父から言われた言葉で、特に心に強く残っているのは、

「この世で起きたことは、この世でおさまるから、心配せんでもよい。」

「先のことをあれこれ思いわずらっても、その時どうなっているかは分からない。
その時々で、最善をつくせばよい。」

というものです。


私のような親不孝者でも、大切に育てていただいたという、感謝の気持ちを最近強く感じています。

吉田健康さん、こんばんは。
> 歳をとるのは素敵なことです、そうじゃないですか?
先輩諸氏とお話ししていると、、、『苦労した人が、歳を重ねると、いい味(人間味)が出るなぁー』・・・と感じます。 が、しかし、、、、
最高学府を出て秀才・天才と呼ばれるべき人材が、、、「暴力装置」とか、「二つの言い回しさえマスターすれば十分である!」・・・との認識しか持ち合わせていない、このミジメな現実に直面していると、、、半分以下の偏差値しか持ち得なかった小生の方が、風雪に磨かれた分、少しマシなのかなぁー・・・とも思うのです。
以前、母校の中学で歴史講演に呼ばれた際、校長室の扁額に書かれた「風雪磨人」を、感慨深く眺められる幸せに、感謝したことを思い出します。
風雪に耐え抜く気概(生きざま)は、曽祖父→祖父→父を含め、一族に受け継がれて来た、大切な冰心と玉壺、日本風に言えば一族の規範(家訓)を収める文箱、もっと飛躍するなら、道元禅師が説く「正法眼蔵」への理解力の継承と考えています。
(txt end)

hayashiさん、コメントありがとうございます。
以下は、以前にもコメントに使った漢詩(横読み)です。
 三冬暫就儒生学
 千耦還従父老耕
 識字粗堪供賦役
 不須辛苦慕公卿
   南宋の詩人、陸游
中国でも農閑期には、子供らを「冬学」に通わせ、知識をつけさせていましたが、、、税金や賦役の官報が理解できれば十分で、、、更に勉学に励み、科挙に合格し高級官僚を目指す必要はない!・・・と陸游は諭しています。
父は、私に官報が読めて内容を正確に理解できる以上に、その背後にある「書かれていない部分」までを読み解く力を備えてくれたので、十分過ぎる教育が受けられたと考えています。
息子や娘には、多くの教育機会を与え、「親の責任は果たした!」・・・と考えれば、一般的には"良い父親"でしょうが、、、未だ、上記のコメントの様な、言葉や文章だけで伝えきれない、"大切なモノ"を正確に伝授できていない?・・・ので、私の父親と比較して、まだまた不十分な父親!・・・と心得、街中を大手を振って歩く事を控えています。
(txt end)

『私も墓参りに行ってきました』

いまは亡き
父と母に手を合わせ
しみじみ想う
親の愛

感謝一杯
涙があふれます

日本人は父母を思う心を忘れたのかしら?と、
近頃寂しい気持ちでおりましたので、嬉しくなりました。

父母を偲ぶ、そこから今自分が親としての本当の役目が見えて来たことも有りました

残間様が墓参に行かれている事に、私も親えの感謝を深く。
21,22、23日と父母、夫と命日が近く、是にも感謝です。

糠みそ漬け「糠みそ臭い!はとても嬉しい褒め言葉」香り、
嫌な臭いなら、それは恥ずかしいことなのですと、母の声。
瓶の蓋を開けた時の、漂う香りは.....
面城生さまの通りです、夏場は糠ずけ、今からは粕漬けで!
手はすべすべになりますものね♪♪。
「母と娘の、樽をならべて、漬菜なり」
「母しとう、山羊の声する、暮れの秋」

横読みの漢詩!初めてです、新しい漢詩に出会いました。
なかなか..読めませんでした..が?
うなずきながら、私の子供の頃はそうでした。
今、野葡萄で作りました(娘と孫が、小さな種を取り出すのが大変みたい)ジャムを丸焼きのインカの目覚め(芋)を
ミントティ-とで仏壇にも供えて....
さぁ~今日も!!


> 11/20(土)魔法の時間。
> ブログの書き込み欄も、私のブログへの感想というよりは、メンバー同士の
> やり取りのほうが充実して来ているので、そちらをメインしたコーナーを、
> 近日中に増設することにしたいと考えている。
残間代表のこのコメントをいただいて、今回おおくの書き込みを実施した目的の一部が成就できました。
ブログ全体を見て、その背後にある各メンバーの意思や意見を、正確に読み取られる代表に感謝です。
(txt end)

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フォトアルバム

5月16日(水)

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開業間近の「東京スカイツリー」を見上げる。

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江戸の四季をモチーフにしたというエレベーターの内装。

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真新しいユニフォームを着たスタッフ。

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340mの高さから下を覗く。

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地上451.2mから眺める景色。

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最高到達地点「ソラカラポイント」にて1枚。



5月11日(金)

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打ち上げ会場での「虎姫一座」



5月8日(火)

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昭和のスターたちを支えた「花やしき少女歌劇団」(小・中学生の少女たちで結成された)

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浅草のランドマーク「浅草公会堂」



5月6日(日)

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手足とも緑色に。



5月5日(土)

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手際よく芝の手入れをする学生。

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雄大な八ヶ岳連峰を仰ぐ。

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花の直売店。

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熱気球体験も人気。

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野菜の直売所(他に乳製品の直売所もある)

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「諏訪大社御柱祭」で曳行されたご神木。



5月3日(木)

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2キロの蕗の皮。

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虎姫一座+サエラの「公会堂で逢いましょうin浅草」稽古風景(5月11日18:30より浅草公会堂で開催)

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熱心に指導をする大里プロデューサー。



4月30日(月)

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港区コミュニティバス「ちぃばす」初体験。



4月29日(日)

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法話室にて、僧侶と。



4月21日(土)

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神楽坂・毘沙門天で、しめやかに営まれた。

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品川駅近くで見つけた、名残の桜。その1

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その2



4月18日(水)

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1986年に公開を始めた「窯のある広場・資料館」

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施設を案内してくださった、辻館長。



4月15日(日)

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初めて搭乗した「スターフライヤー」

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楽屋を訪ねてくださった、田島元通さんのお父さんと。

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「いろはクラブ」のみなさんが楽屋に用意してくれた、郷土のお菓子と柏餅。



4月7日(土)

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茅山荘の坐禅会。インド、ブラジルから帰ったばかりの藤田一照さん。

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お花見をするニシダさんと母。



4月6日(金)

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加賀乙彦先生とツーショット。

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willbeメンバーに囲まれた加賀先生。



4月4日(水)

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試食会で、ファミマスタッフと。手の中には、秘密のデザート(5月中旬発売予定)



4月3日(火)

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霞ヶ関ビル1階に飾られていた、桜の生け花。



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
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イースト・プレス
【価格】
1,470円

引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
日本経済新聞出版社
【価格】
1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。