11/25(木)自責の日。

icon_zamma.jpg11月25日(木)23時57分

今日は、
一年中でどうしても忘れられない日だ。


何度か言ったり、書いたりもしたので、
「またか」と思う人もいるかもしれないが、
私の[反省記念日」なのである。

1970年の今日、
東京・市ヶ谷の市ヶ谷駐屯地で、
作家の三島由紀夫氏が自決した。

私はこの年、
SBS( 静岡放送)に入社した新人アナだったのだが、
失敗ばかりしていた。

提供スポンサー名を、
森永乳業と明治乳業を間違えて言ったり、
(放送直前にアナウンス課長が、
「残間クン、森永だぞ、明治じゃないからな」と,
念を押したのが仇になったのである)
料理番組で余った魚をスタジオの隅で焼いていたら、
たまたま煙探知機の下だったため、
消防署に通報が行き、
全館に非常ベルを鳴らしたり、
生放送中に33回転のレコードが突然止まったので、
33回転位なら自分でも回せる速度だと思い、
手回しをしたら何の曲か解らなくなり、
リスナーからのクレームが殺到したり、
(当時の地方局は大型番組以外は、
レコードやCMなどの送出操作にディレクターがつかず、
アナウンサーにやらせることも多かったのだ)
「また残間くんか!」と言われるほど、
失敗常習の駄目アナだった。

40年前の11月25日午前11時すぎ、
私はSBSの小さなスタジオにいた。
丁度空き時間だったので、
スタジオに入って番組を視聴していたのだ。
当時ラジオスタジオは横に繋がっており、
隣のスタジオがガラス越しに見えた。

いつもは誰もいないはずのスタジオに、
アナウンサーの中で一番真面目な、
大先輩のK氏が入って来るのが見えた。
氏は時々浜名湖競艇などの、
レースガイドを読んでいることもあるので、
「あっ、レースガイドの下読みをしているんだ」と、思った。

「レースガイドをあんな真面目な顔して読まなくたっていいのに......」
私は隣りのスタジオのドアをいきなり開けて、
後ろから氏の顔に手を回し、
K氏の目を私の両手で隠して、
「だぁれだ!」と叫んだのである。

K氏は大慌てで、
私を払いのけるのだが、
なおも私は「Kさん、何やってるんですか?」と、
大声で言ったのだった。
K氏が急いでマイクを下げ、
よくよく見ると、
ONAIRランプがついているではないか。

「誰だ!あっ、また残間クンか」
制作部長と放送業務局長が飛んで来た。

これがSBSラジオが報じた、
「三島由紀夫事件」の臨時ニュース(第一報)だったのである。


............「只今、作家の三島由紀夫氏が、東京市ヶ谷の......」で、
そこで、「だぁれだ!」の声。
「シッ、シッ(これは私を排除しようとするK氏の声)
失礼しました。午前11時過ぎ、作家の三島由紀夫氏が、
東京市ヶ谷の自衛隊駐屯地に......」
そこに、「Kさん、何やっているんですか?」の私の声。
ドシンバタンの騒音付き。

40年経っても、
あの時のことは忘れられない。

去年まではあまり言われなかったのだが、
今年は40年目という節目の年であると同時に、
三島氏が死を賭けて憂いたことや、
予見していたことが、
今の日本で散見されるという意見もあって、
今年は何かと言うと三島氏が話題になっており、
その度に私は深く頭を垂れているのである。

私の退社後もこの話は受け継がれ、
新人アナの研修の時には、
「あんなヤツでも(今も)仕事をしているのだから、
君たちも頑張りなさい」と、
励ましとも慰めともつかない訓話となっていたらしい。

三島氏を信奉する方がいたら、
「怒り心頭......」だと思うが、
少なくとも私の中では永久に風化しない話となっているし、
三島氏の文学に対しては多大なる敬意を表しているので、
どうか、お許しいただきたい。


今日は原稿を18枚ほど書いた。
これからあと1編............書けるだろうか。
伊豆高原の闇の中。
私のパソコンの音だけが響いている。

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コメント(7)

残間様にも、安心しました。
今も、活用されている(笑い)一層親しみを覚えました。
失敗も絵になる....。

あの日私は、寒い北国で子育ての毎日でした。
テレビに写し出されたあの映像は!!今もはっきりと....。
若かったな~、好きな事をするのは真夜中でした。
夜は寝るものだと叱られながらも箱から出して読みました。

あれから40年が経つのですね、
一番忙しくまた楽しい時代でした。

これからの。。。年も楽しく、活きて生きたいと思います。
残間様、皆様に出会えて明るい残りの日々になると希望が。
今年の紅白は、久しぶりに楽しみです。
若大将も帰ってくるので♪♪。


いいお話ですね~!!
「どよう楽市」のスペシャルゲストに、ぜひKサンを呼んで下さい。

日本文学史における、また放送(事故)史における、貴重な「歴史的証言」になると思います笑。
また、日本全国の新人アナウンサーを、大きく励ます意義のある番組となることでありましょう。
SBS内だけの「訓話」に留めることなく、「人類の知的遺産」として長く語り継ぐべきお話だと思います。

ポニョも微力ながら、この感動的エピソードの普及活動に本日より邁進したいと存じます笑。

こういった方面のご著書も、期待いたしております。
ぜひ!!笑。

 今思い出しても、赤面してしまうことって、大なり小なり誰にでもある事なんでしょうね。

 その時の残間さんの気持ちを考えると、穴があったら入りたいどころじゃなかったとお察しします。

 自分でもうっかり知らずにとんでもないことをしてしまった時のことを思い出すたび、いまだに冷や汗をかくことがあって、せつなくなります。

 そんないろいろな失敗や修羅場(?)を乗り越えてきたからこそ今の残間さんがあるのでしょう。赤裸々にいろいろなことを告白(?)してくださる内容に時々どきっとしながらも、励まされています。

 皆さんにお願い、
 長い文章を投稿される時には所々で改行してくださると、内容がとても読みやすくなります。

> 今年は40年目という節目の年であると同時に、
> 三島氏が死を賭けて憂いたことや、予見していたことが、
> 今の日本で散見されるという意見もあって、、、
先日、事件当時の三島と将官クラスの視座の違いが良く分かる報道があり、私の脳裏に残る同時の三島と自衛官の映像と合致していました。三島が今日まで生きていたら、文学的には私が信奉する中国の詩聖:陸游の心情に通じる部分が更に多くなったのでは?・・・と考えています。
三島由紀夫、羽仁五郎、、、ずいぶん、昔の事になりました。
今年、学生たちを指揮した活動家のお二人に、お話しを聞く機会がありました。当時のままの雰囲気(思考回路と論じ方)が、今も色濃く残っていました。老いと比例せず、少しも変わらないのに、少し違和感を感じました。
一方の私は、人生もう晩秋なのに、一人静かに戦国古城の矢倉台の紅葉を眺め、静かで平穏な日々を是とし、仲間と集い新たなキャンパスを作ることも無く、憂国の士:陸游の気概(崇高さ)と比較して、自身の器の小ささを容認できるまでに、大きく成長できました。
http://homepage1.nifty.com/JH2HTQ/nov-22-2010/02.jpg
器こそ小さいが、「何もしない!、何もできない!」この非行動力が、一番危険!・・・で、「山の如く」動かぬまま、地獄への堕落を是とする、大胆な生き方もあり!・・・と考えています。
【蛇足】荷風を輩出した永井ご本家は、家康公から与えられた星崎の地から、我が家の近くに移られています。永井ご本家へは、父親の大叔母さまが嫁ぎ、三島由紀夫と同じ???・・・私も永井つながり?なので、事件での自決は、とても残念に思っています。
(txt end)

残間さんの「反省記念日」の様子、リアルに伝わってきて
大ウケしました!
この話は失敗というより“伝説”ですね。

それから…
遅ればせながら、クミコさんの紅白歌合戦出場おめでとうございます。
広島市民としても、うれしい限り!
私が紅白のプロデューサーなら…
広島・平和公園の「原爆の子の像」前から
「INORI~祈り~」を生中継しますけど…
大晦日楽しみにしています(^O^)

若き日の残間さんの様子がしのばれる、貴重な内容です。

さて唐突ですが、1970年代初頭の私の突飛な思い出を少し書きます。

どうか笑わないで、あるいは怒らないで、聞き流していただきたいのですが。


1970年代初頭、高校1年だった私が、「青春」という言葉を聞くと頭の中に浮かぶ風景は、
ミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」に合わせて、ミニスカート姿の残間さんが踊る、という突飛な連想でした。


もちろん、実際の残間さんがそんな恰好で踊るわけではなく、私の頭の中に出てくる、突飛な連想だったのですが。


当時の私が残間さんのお名前とお顔をどこで見聞きしたのかは、記憶にありません。

たぶん、テレビ番組か雑誌か何かで見たのだと思います。

「残間」という珍しい名字のマスコミ・芸能関係者は、そんなにいないと思うので、当時の私が知っていた残間さんは、このブログの残間さんだと思います。


ここで重要なポイントは、高校1年の私が「青春」という言葉を聞いて思い浮かぶ風景は、
ミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」に合わせて、ミニスカート姿で踊るのが、いわゆる可愛い子ちゃんアイドルではなくて(失礼)、残間さんだったという点です。


私が残間さんのプロジェクトに参加させていただいたのは、このclub willbeができる前の、
シニア・ドリーム・プロジェクトの頃からでした。

朝日新聞のbeで残間さんのプロジェクトが紹介された時、私がまっさきに思ったのは、
「あっ、あの頃、ミッシェル・ポルナレフのシェリーに口づけに合わせて、踊っていた人だ。」ということでした。

(もちろん、実際に踊っていたわけではなく、私の頭の中だけのことですが)


残間さんのプロジェクトに参加させていただいたのは、もちろんその内容に共鳴したからですが、
今思えば、1970年代初頭から、残間さんとは何かのご縁があったのだろうか、と感じています。


たいへん、訳の分からない感想で、失礼いたしました。

先のコメントで、、、
> 「何もしない!、何もできない!」この非行動力が、一番危険!・・・
、、、と書きましたが、私より先に実践する首長が出ました。
名古屋では、市長の指導する議会リコールが、35万票で頓挫しました。「何もしない!、何もできない!」議会と行政は、昨日の市長辞任表明により、更に混乱の度合いを深めます。まさに、議会制民主主義の危機!
下は町内会から、上は国政に至るまで、政治は既に心不全の状態です。もはや頼るは、自身の貧弱な腕力と回転不足の知能(生き抜く知恵)のみとなりました。
少しかじった史的経済学の視点から、「今ここにある危機!」は、生産性の向上による当然の帰結として理解できるので、不安はまったくありません。70年当時、しっかり勉強してて良かった!・・・と、、、団塊同年の非常識な名古屋市長も、ある意味、知能犯と見ています。
(txt end)

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フォトアルバム

4月5日(土)

photo_nikki六本木ヒルズのパンジー

photo_nikkiアークヒルズ中庭の桜。

photo_nikki首相官邸沿いの新芽の出たポプラ(上)と桜並木(下)
photo_nikki

photo_nikki内閣府前。

photo_nikki参議院会館前。

photo_nikki国立国会図書館前。

photo_nikki憲政会館の下の通りにはドクダミが。

photo_nikki内堀通り沿いの桜(奥に見えるのは警察庁と国土交通省)

photo_nikki首都高都心環状線沿いの桜。

photo_nikkiお濠の周りには観光バスが列を連ねていました。

photo_nikki皇居内堀に咲く花々。

photo_nikkiカルガモ発見!



4月3日(木)

photo_nikki日中文化交流協会・前会長の辻井喬さんを偲ぶ会。

photo_nikki左は「日本介護福祉グループ」の藤田英明会長、中央は必殺紹介人のモリベ氏。



4月2日(水)

photo_nikki青山通りから見た赤坂御用地の桜。

photo_nikki赤坂警察署前の桜。

photo_nikki赤坂・豊川稲荷は、早くも葉桜です。

photo_nikki国立劇場前。

photo_nikkiFM東京前。

photo_nikki英国大使館前。

photo_nikki千鳥ヶ淵の桜。

photo_nikki桜を眺めながら昼食をとる外国人ビジネスマンの姿も。

photo_nikki靖国神社の桜(右端に鳥居があります)

photo_nikki梅窓院の桜。

photo_nikki
寺島文庫の文庫犬エリゼと。



4月1日(火)

photo_nikki神宮外苑の桜。

photo_nikki渋谷・桜ヶ丘のさくら通りでは「さくらまつり」が開催中。

photo_nikki林真理子さん還暦パーティの引き出物。



3月31日(月)

photo_nikki富士川鉄橋付近を通過。

photo_nikki京都の東寺。

photo_nikki大阪で千秋楽を迎えた、地球ゴージャスプロデュース公演「クザリアーナの翼」



3月29日(土)

photo_nikki吉川公園に向かう途中の桜並木(三分咲きでした)

photo_nikkiグラウンドの土手には鮮やかな菜の花間畑が!

photo_nikki南青山ぼちぼち団のメンバーと。

photo_nikkiぼちぼち団の新キャプテンのフジタ氏。

photo_nikki開会式で挨拶をする椎名誠さん。

photo_nikki八丈島や大阪からも参戦。



3月24日(月)

photo_nikki南紀白浜空港。

photo_nikki空港の隣には「アドベンチャーワールド」が。



3月23日(日)

photo_nikki川湯温泉。河原に穴を掘って作った「my露天風呂」に入浴中の人たち。

photo_nikki湯の蜂温泉。

photo_nikki卵を網に入れて、湯筒で茹でています。

photo_nikki熊野那智大社

photo_nikki
那智の滝。

photo_nikki香炉にぶら下がっているこま犬が可愛い。

photo_nikki熊野本宮大社。

photo_nikki昨年の台風12号の被害の爪痕が残る熊野川の河岸。

photo_nikki和菓子屋「儀平」の堀本京子さんと。

photo_nikki「アドベンチャーワールド」の入口。

photo_nikki食欲旺盛なオスの海浜(カイヒン)君と。

photo_nikki海浜君の妹の優浜(ユウヒン)ちゃん。

photo_nikki手前が海浜君、奥が双子の陽浜(ヨウヒン)ちゃん。

photo_nikkiペンギン王国。

photo_nikkiラッコたち。

photo_nikki三段壁の夕陽。

photo_nikki

photo_nikki白浜名物・クエ鍋。



3月22日(土)

photo_nikki奈良県から和歌山県へと流れる紀の川

photo_nikki高野下駅舎。

photo_nikkiケーブルカーで高野山へ。

photo_nikki頂上には前日降った雪が積もっていました。

photo_nikki金剛峯寺。

photo_nikki紀州の春。

photo_nikki

photo_nikki

photo_nikki



3月21日(火)

photo_nikki小さな誕生日ケーキでお祝い。

photo_nikki仁坂吉伸和歌山県知事から、誕生日祝いに送って頂いた「焼き梅」



3月18日(火)

photo_nikki
工事中の「ホテルグレイスリー新宿」外観。

photo_nikki花粉症対策マスクを装着した八丁地常務執行役員と。



3月14日(金)

photo_nikki「日本創生委員会」が開催された東京會舘の桜。



3月13日(木)

photo_nikki雨滴の向こう側にうっすらと浮かんでいるが河津桜です。

photo_nikki会席料理にも添えられています。



3月11日(火)

photo_nikki春まだ遠し。

photo_nikki米原市の手前。遠くに見えるのは伊吹山。

photo_nikki1階のナレッジプラザに展示されている巨大プール(実は絨毯です。中央の水色の部分に立って周りを見ると、プールの中にいるように立体感が味わえます)



3月10日(月)

photo_nikki
今季最強の寒波も3年前の震災の日を想えば・・・。

photo_nikki
津村禮次郎さんによる能

photo_nikki奥でヴァイオリンを演奏しているのが古澤巌さん。手前左がチェリストの大藤桂子さん。

photo_nikki華道家・前野博紀さんにより献花。



3月8日(土)

photo_nikki母のホームに向かう途中、小学校の校庭沿いには春の花が。

photo_nikkiボケ(木瓜)の花。

photo_nikki大和夢之介さんの独立15周年記念パーティにて(右から、平山みきさん、大和さん、川上麻衣子さん、私)

photo_nikkiwillbe混声合唱団の活動の様子。

photo_nikki特訓!(合唱団を支える貴重な男声です)



3月7日(金)

photo_nikki歳川隆雄さんの出版記念パーティ。

photo_nikki会場に届けられた政治家からの花輪。

photo_nikki会場にいらした田原総一郎さんと。



3月3日(月)

photo_nikki5時間煮込んだ蕗の煮もの(右)と山椒の佃煮(左)



3月2日(日)

photo_nikki帰りに立ち寄ったナカヤマの実家では、お義姉さんが育てた梅が花を咲かせていました。

photo_nikki

photo_nikki



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
イースト・プレス
【価格】
1,470円

引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
日本経済新聞出版社
【価格】
1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。