12月2日(木)25時26分
昨日のブログの「みやさん」からの、
書き込みにもあるように、
仙台市青年文化センターで開催された、
「みやぎふるさとCM大賞」の審査会に行ってきた。
これは、宮城県内の市区町村に住む人たちが,
自身の手で(個人でも団体でも可。ただし窓口は各市町村)
地域の特徴を表現した、
30秒の「わが町CM」を審査するというもので、
今年で9回目になるのだ。(私が審査委員長をして5年)
主催のKHB( 東日本放送)大賞を獲得すると、
そのCMを1年間に365回を無料放送することになっており、
以下,金賞は60回、銀賞が50回、銅賞が40回、
演技賞や演出賞などの特別賞は30回無料放送されるのである。
今年は27市区町村から29作品の応募があり、
いずれも力作揃いだった。
最初の頃は各自治体(役所や役場)の担当者が、
「業務」(命令)で作っているような感じがあったのだが、
ここ数年は自治体の担当者自身が、
楽しんで作っている感じがする作品が多くなり、
審査をしていても心地よい。
(時々ジーンとするような感動CMもあり、
こっそり涙を拭うこともあるのだ)
今年は司会が渡辺徹さんだったのだが、
審査員は映画監督のクマガイ・コウキさん、
仙台博報堂制作部長の杉本敦さん、
センダイガールズプロレスリングの里村明衣子さんと、
ここ2年顔ぶれが変わっていないので、
一年に一度の出会いではあるのだが、
今ではすっかり気心がしれた仲間という雰囲気だ。
応募して来る人たちは、
何ヶ月もかけて企画立案をし、制作をして来るので、
思い入れがたっぷりなので、
審査する側も真剣だ。
中間の休憩時間に控え室に戻ると、
そこで「みやさん」からのお手紙を拝見した。
急ぎ、東京のオフィスに電話をして、
みやさんの電話番号を調べて、
お礼の電話を入れたのだった。
♥そこで、お願いです。
私が講演その他で、
willbeメンバーのみなさんの地域に伺うことがあるかと思います。
その時、もし条件が合えば、
(日時やシュチュエーション......たまに企業の講演だったりすると、
入れないこともないではないのですが)
是非、終演後控え室をお訪ね下さい。
(出演前は集中力を高めなければならないので......)
その際「willbeメンバーの何々です」とおっしゃってください。
そういう機会も活用しないと、なかなかお目にかかれませんので、
遠慮せずにいらして下さい。
出来れば事前にご一報いたにけたら、尚嬉しいです。
終演後、とんぼ返りで帰京しなければならないことも多いので、
事前に判っていたら電車の時間など出来るだけ調整しますので)
最終新幹線で帰京。
家に着いたら、
ダイニングテーブルの上に、
母からの手紙が置いてあった。
「いろいろ心配をかけてすみません。
私は元気ですからご案じなきように。
例の「中乗りさん」は、私が起きると同時に活動を開始します。
とても勤勉で、一生懸命歌っています。
私も馴れたのか、あまり気にならなくなりました。
貴女もご自愛ください。ではいずれまた。母より」
昨日は一瞬パニックに陥っていたが、
何があっても、
少し時間が経つと、
ユーモアに変えてしまうセンス。
私も見習わなきゃ、と思った。
(94歳まで生きるには、
このような「強さ」が必要なのだろう)
ご心配をおかけしたみなさま、
母はこんな風に頑張っていますので、
ご安心下さい。
温かなお心遣い、ありがとうございました。














































宮城のCMを作っている皆様、
willbeメンバーに会ってくださろうとする残間さん、
お手紙を書かれた残間さんのお母様、
ブログへのコメントを寄せられる皆様、
みんなみんな心があったかいなぁ~と嬉しく思います。
なんだか、ほっこり、ジ~ンと心に沁みます。
1周年記念イベントのときに、
ロビーでどなたかとお話されている残間さんのすぐ横で、
話しかけられずにモジモジしていた情けない私がいました。
憧れの人を目の前に、頭の中が真っ白になってしまって。
でも、
【遠慮せずにいらして下さい】
などどおっしゃっていただけるのなら、今度からは勇気を出して、
握手の1つでもしていただきたいです。(ハグでも!)
他のwillbeメンバーの皆様とも、
交流を深めたい(仲良くしていただきたい)なと思っていますので、
その際はどうぞよろしくお願い致します。
残間様、
今日も倍速で...もの凄い雨と風、大変な事と、
家でのんびりしているのが、申し訳ない気持ちです。
母上さま!!昨日は失礼なことを書いてしまいました。
私の経験が当てはまらない、そのような94歳が居られる!!
94歳で見送った自分の視野の狭さを反省しています。
せめて、わが身は残間様の母上とまではいかないまでも?
大いに参考に致しますので、これからもお願いします。
素晴らしい♪♪お手紙を受け取られた残間様お幸せですね~。
今日のブログを読まれた方はたぶん自分も、
その様に歳を重ねて生きて行きたいと思っていることと。
母上様、何時までもお元気で、
素敵な人生の先輩で居られます様願っています。
この雨で68歳のお方がマンホ-ルに、
辛いニュ-スが、
ご冥福をお祈りいたします。
皆様もお気をつけて下さい。
、
新潟へ来た時は・・ぜひ。
今日、家で知人とコーヒータイム
話しの中で、その女性が残間さんと同じ
学校出身(5年先輩)である事を聞きました。
新潟でも数年前に、その関連の催事があり
残間さんがいらっしゃたとのこと。
私の身近にも、そんな方がいらっしゃったのです。
優勝すると365回、無料で放送するというのはいいアイディアですねー。
金一封や海外旅行なんかより、ずっといい。
テレビ局も好きな時間に流せばいいんだし笑、それでまた話題になれば視聴率も上がるし、街の知名度は上がるし、CM大勢で作るから、みんなの街への愛着も高まるし…ウィンウィンですね☆
渡辺徹サンの司会も、そんな雰囲気にピッタリ。
ぼくは渡辺サンの初舞台を拝見したのですが、楽屋で色紙にサインをいただいた時に、渡辺サンに「今日は10日ですよね?」と聞かれ、「10日ですよね!」と元気よく答えて、一緒に行ったガールフレンドに得意げに見せたら、「今日は9日でしょ」と冷静にいわれました。今でも色紙をとってありますが、その日付には鉛筆でバッテンがつけられ、「9」と書き加えられています笑。
審査委員長のCMへの、愛あるツッコミをぜひ、お聞きしたかったなあ。
仙台駅で別れるカップルが主役のCMが、大賞を獲ったのでしょうか笑。
講演で街を訪ねるたびに、楽屋でメンバーに逢うって、いいですね。ふつう、講演が終わるとさっと引き上げてしまったり、スポンサーや役所の人が取り巻いて、近づけなかったりするんですよね。残間サンらしくって、とても素敵だと思います。
北海道に「べてるの家」という施設があって、そこでは幻聴などに苦しんでいる人たちが発想を変えて、「幻聴・妄想大会」というのを開いて、みんなの前で自分の体験をユーモアたっぷりに語るコンテストを行っているそうです。
あまりに面白く、聞いている方が逆に励まされるので、一般の方がたくさん聞きにくるとか。
立派な人生のお話に励まされるよりも、こっちの方がずっといいよなあ☆
手紙って、いいものですね。
すぐ逢える人にも、手紙を書くのはとてもいい。
心をもらった、気持ちがします。
聖書だって、手紙の束なんだし…。
幕末の志士たちも手紙で世の中を動かしたわけだし…。
人の心を1番揺さぶるのは、手紙なんじゃないかな。
前回の「老親」と今回の「ふるさと」について、個人的コメントを書きます。
私の母は、11年前に父が亡くなって以来、一人で故郷に住んでいます。
この間には、色んなことがありました。
朝起きて立ち上がったら、フラフラッとして倒れて、コタツの角で頭をぶつけ、血だらけの頭をバスタオルで押さえて、一人暮らし高齢者用の電話で救急車を呼んで、運ばれたこともありました。
気分が悪くて、病院で診てもらったら、腸閉塞でそのまま入院・手術ということもありました。
数年前には、私がある人のライブをギターでサポートするというプロジェクトで、2件のライブ予定がある直前に、母が階段から落ちて、足を複雑骨折して入院しました。
この時も、母は一人で電話のところまで這いずってきて、自分で救急車を呼びました。
この時は、まいりました。
普通の手術なら、治癒すれば退院できるのですが、高齢者が足を骨折しては、簡単に家にもどることはできません。
各種手続きのため、私は東京と実家を行ったり来たりしていて、ライブどころではなかったのですが、もう広く宣伝した後なので、今さらキャンセルすることもできず、何とかライブだけは終了しました。
母は根性でリハビリに取りくみ、何とか杖をついて歩ける程度には復活しました。
こんな不自由な身体になっても、母は施設に入りたいとは言わず、実家で暮らしていたいのです。
幸い、母は人付き合いの多い人で、毎日誰かが家にやってきます。
デイサービス、ヘルパー、親戚・知人のサポートで、何とか一人暮らしをしています。
私には、二つの後ろめたい気分があります。
一つは、田舎の一人息子である私は、本来ならば実家で親の面倒を見るべきなのに、老親を残したまま東京に出てきたこと。
もう一つは、幼い頃からの友人が多数住んでいる故郷を離れたことです。
私は地元の友人たちの中では、色んな役割をになっていて、私が地元にいれば新たな展開もあったかもしれないのですが、それを断ち切ってしまったことです、
帰省するたびに、故郷がさびれていく様子に、心を痛めていますが、私は故郷の復活に助力もできず、都会で生活しています。
そんな後ろめたさを感じながら、都会で暮らしていますが、これは私の運命というか、私にはこちらですべき使命があるのだと考えています。
「親や友人と離れて東京に来たのは、このためだったんだ。」
という何かがあると信じています。
木曾のなかのりさんて聞こえるんだって、七十過ぎの母に話したところ女学校の三部合唱にあったわと、笑って話したのが、大真面目でわかるわ。だって・・。