1月3日(月)29時37分
ずっとグリザベラ状態のまま、
原稿用紙を見つめていたので、
だんだん目がチヂレてきている。(かすみ目&視力低下)
思考力と集中力も限界に近い。
もちろん時々、
洗濯機の止まった時や植木の水やり、
母と息子の食事のしたくなどで、
少しの間はデスクを離れた。
(なかなか「女書生」とはいかないのよねぇ。
もっとも昔の書生は他人の家に寄食して、
家事を手伝いながら勉強をしていた人もいるというから、
私の三が日もそれに近いかも)
午後は弟夫婦が母に会いにやってきたので、
母を私の部屋に呼んで、
ささやかな飲み会も開いた。
(因みに、私は三が日はお屠蘇一滴以外、
アルコールは摂取していない)
この際、
お正月料理の在庫一掃もはかりたかったので、
弟の胃袋めがけて、
食料攻撃をしかけた。
(ビールばかり飲んで、あまり食べなかったが)
文章を書いている時や書類などを読んでいる時に、
台所仕事は気分転換にもなるし、
デスクワークとは違った筋肉を使うせいか、
身体中の緊張が緩んで、
結構気持ちがいいのだ。
ここにきて、
母の耳が急に聴こえなくなっているのは、
弟たちも電話の応答などを通して知っていたのだが、
実際に会うと、
「耳でよかった。耳ぐらい、大したことないよ」
「そうそう、目だったらもっと大変だものね」等と、
母をしきりに励ますのだった。
(毎日一緒だと、耳でも大変なんだから......。
常に大声を出して話すので、想像を絶する体力を使うのよ、
と言いたかったが、黙っていた。
そういえば息子も言ってたっけ。
「友達に、うちのバアバ、耳が聞えなくて大変なんだ」と言うと、
『耳だろ?身体が動かなくなることに比べたら、
耳ぐらい平気じゃん』って言われるんだよ。
目も大変だとは思うけど、
耳は一緒に暮らしてみないと、大変さは解らないよね」と)
ところが、
ふと気がつくと、
あら不思議、弟の声だけは、
よく聴こえるみたいなのである。
義妹は「多分音の周波が合うんでしょうね」と言うが、
少し前まで一番聴こえていたのが息子の声だったから、
男声の方が聞き取りやすいのかもしれない。
母は心底嬉しそうで、
にこやかな表情を絶やさなかった。
いつの間にか弟達へのお土産を、
用意していたのには驚いた。
弟が台所にやって来て、
「おふくろがお菓子だの日本酒だのをくれたよ」と,
屈託なく言うので、
「しっ、ここで言っては駄目。
私に内緒で外に出かけたことが発覚すると、
私に咎められると思っているから、
内緒ということにしてあげてね」と、
弟をたしなめる一幕もあった。
和やかな時間が過ぎ、
そろそろお開きという時、
母がおもむろに言った。
「私がこうして長く生きているのは、
ひとえにリエコのことが心配だからなのよ。
私が毎日見守っているから、
リエコもこうして元気に働いていられるのであって、
私がいなくなったら、何よりも困るのがリエコなのよ。
だから、私は当分ここに居させてもらいますので、
みなさん、よろしくお願いしますよ」
ひぇ〜っ、
そうだったのか!
母は私の為に生きていてくれていたのか。
「何だか論理がすり替わっているような気もするけど、
まぁ、こうして生きていたいってことでしょうから、
嬉しいことではあるけどね。
それにしてもお袋ってストレスがない人だよね。
このままいったら、
姉貴のほうが先に逝ってしまうんじゃぁない?」
私も「120歳まで生きたい」と言う母には、
とうてい敵いません!














































残間さんの書き込み時刻が23時29分となっており、最近は24時を過ぎてのことが殆どだったように思うので、漸く(1日でも)普通の生活時間に戻られたか、と、当方、ほっと一安心。
いいお正月になり・・・いや、いいお正月にされましたね。能動的にしないことには好結果は得られない、ということ、残間さんの年末の獅子奮迅の活動から学びました。その成果が今回の穏やかな筆致に現れた、と読みました。
新年明けましておめでとうございます。
残間さんのブログを読んで思わず私、笑ってしまいました。私がシングルアゲインになって3年目。私の母もご機嫌なとき〔笑)「あなたが心配で心配で・・だから私も元気でいないと・・」と残間さんのお母様と同じことを申します。
定年を待たずに仕事を辞めた友達は自分のお母さんと同居していますが最近どうもお母さんの期限が悪い。今まで夕飯の準備などをしていたのに娘が家にいて自分の仕事がなくなったせいかしら?と彼女の分析(?)ですがいくつになっても自分の”居場所”を見つけることこそ、生きる力になるのかと思いました。私の母も「娘のため生きなくてはならない」と(もういい年の娘ですのにねぇ~)母なりに生きる力は私のようですのでありがたく(笑〕承る事にしておりま~す。
曽野綾子さんの「老いの才覚」という本を読みました(老い・・という文字に最近反応する私。トホホ・・・です)
大作家の曽野さんですから凡人の私が「そりゃ~無理」という箇所もありますが老いの基本は自立と自律という言葉には納得です。色々な趣味をもっていた母ですが「もう、何もしたくない!」ということになってくればやはり趣味も寄り添ってくれない。50代、60代でいかに自立と自律を考えていくか、考えさせられます。
今朝も残間さんのブログにホロり、そして笑い。
やっぱりハリウッドの品のいいコメディーを見ているようなホンワカムードになります。残間さんとおかあさまのご様子に、悲壮感が全くないからでしょうか。
歳をとるというのは、本当に大変な事です。
102歳の母も、まず耳が遠くなりました。電話は一方通行になり、皆が集まる席では、誰かが母の隣に椅子を置いて耳をくっつけて、同時通訳をしました。やはり聴きやすい声というのがありました。
耳の次は目にきました。そうなれば一層大変です。母の生きがいの本と新聞が読めなくなり、テレビの画面を見て時間をつぶす事もできません。
それからは、坂道を転げ落ちるように老化という魔物に占拠されていきます。悲しいとかつらいという感情ではなく、人はこのように老いていくのだと見守りながら、やがて我が身にも必ず来るであろう老いに、いかに対処すべきか考えてしまいます。
母の眼は、加齢黄班変性症という、歪んで見えたり、中心が見えにくくなるのが特徴ですが。加齢によるものです。早期発見、早期治療が不可欠ですが、なかなかきちんと診断してもらえず(高齢という事で)手遅れなってしまいました。
はや4日、新しいカレンダーの景色にも慣れてきました。2日はウオーキング初め、3日はスイミング初め、そして、今日からは市のごみの回収も始まり、変わり映えのしない平々凡々、何の変哲もない主婦の暮らしが始まりました。平凡ていい事だけど、自分らしくあちこち激突しながら、チャレンジしていくつもり。。。
朝から、ラジオはシャンソン特集♪♬ 興味ないから消そうかなと思っていたら、これが今日の青空にピッタリで
思いのほか楽しくて。。。気分もルンルン!食わず嫌いは改めます。考えてみれば、シャンソンはフランスの演歌みたいな(?)ものなのかしら!
残間サン。
ぜーったいにうちの父も(自分がいるから…)って思っていますよー笑。
そのくせ黒猫クーの朝ごはんの担当なのに、クーのごはんをいつも忘れるのです。今朝もクーが2階に上がってきて(クーは1階の両親の所がホームなんです)、必死の訴えをするので、読んでいた新聞を置いて下の洗面所を覗いてみると、黒猫クーの赤いお皿が空っぽなのです。
両親の部屋に行くと、父が大きな口を開けてお雑煮のお餅を食べているので、
「お父さん、クーにごはんやったの?」と聞くと、お餅を頬張ったまま、「やってなひ」なんてすまして食べ続けているのです(怒)。
それでまた、父は黒猫クーのことを絶対に怒らないので、クーが悪さをして母やぼくが叱ると、一目散に父のところに逃げこむのです。すると、父は「おお、カワイソウによしよし」などといって頭を撫でたりしています(怒)。
寺島サンの講義があった早稲田の大隈講堂は、高さが125尺あります。
何故かというと、大隈重信が「人生125年説」というのを唱えて、誰でも節制すれば125歳まで生きられると主張したからだそうです。
そうするとお母様、さらに5年延長ですね笑。
ブログを読んで、ぼくがヘルパー2級講座を受けた時に授業で、
「高齢者は高音が聴きとりにくいので、低めの声で話しかけましょう」
と教わったことを想い出しました。
…まあ、いろいろありますが、それでも、もし親がいなくなったら寂しいだろうなあと思ったりもします。
いなくなってから、そのひとの存在のかけがえのなさに気づいたことは、
今まで数知れずありますけれども(笑えない)。
悠々さん、こんにちは。
> 老いの才覚、、、先ほど、ネットで立ち読みしました。
人生経験が豊かで、老いてなほ「粋」で見識があり的確な助言ができる、才覚豊かな素敵な高齢者を散見する事はありますが、、、第三の開国(維新)に臨み、新たな切り口と分析力で、後輩の行動について評価し指南できる吉田東洋(年配であるが、高齢者ではない?)の様な人材が見当たらないのも現実です。。。老いる事で得た経験値のみの才覚で指南したのでは、舌峰鋭く示唆に富んでいても、老害となる危険性を内在しています。私の色々な発語は、視点・論点が分からず、更に含蓄があり過ぎて、理解できない!・・・と批判され方々が多い。したがって、老害の域を脱し切れていない。私が、老いてなほ才覚を発揮するには、社会で経験した分野が狭く、多様な思想・哲学に精通していないので、多くの困難があるが、、、還暦後、さらに仏教哲学や東洋思想を理解し実践する事で、新たな視座を体得したい!・・・と願って、雨の日に仏教や東洋哲学の本を眺めては、畑仕事に活かしています。
(txt end)
【訂正】> 老いの才覚のコメントは、小夏ママさんでしたね。失礼しました。
改めまして、小夏ママさん、こんにちは。(txt end)
残間様
母上との筆談!
残間様の根気にも驚かされましたが!!!
お母上の、今まだカクシャクなされて居られる様子に!!!!
過日のお写真にも感動いたしましたが、それ以上の驚きです。
120歳まで生きる?本当にそうなると思います。
あの、美味しそうな鮪丼...召し上がられるのですものね。
「嬉しくなりました、私も...歳までは」と希望が。
初夢が???でしたが、夢を見ることができました。
介護をしていた40歳の時に医師に、こんな事をしていたら、
「貴女の方が、60歳までに使い物にならない体に」!
人間の体は、案外適用するものでした、時々壊れましたが、
何とか生きて来ました。
昨年骨折しましたが....ほとんど自然の力で回復しました。
担当医が、娘に若い人なら3ケ月で骨は再生しますが?
無理だと思いますよ、やはり手術をと。
70歳を越した方では、ほとんど....75日で完治。
「栄養だけではなく、今までの鍛え方が違うのですね」と
不便な日常生活が、体を作って呉れたのかも?
58歳までは、毎日僅かでも土に馴染んだ暮しを好みました。
残間様の母上さま、悠々さまのお母さまを見習い私もせめて、
85歳までは自分の力で活きて生きたいと思いました。
娘達家族が帰り、一人になり改めて、自立、自律を、
自分に言い聞かせました。
曽野綾子さんの「老いの才覚」さっそく読んでみます。
こんなお知らせも有難くなる!..のも良い意味老いです。
皆様、またお願いします。
部屋の中は..サウナのような湿度で、咽喉には良いかも♪♪。
「あんまり元気だと労わられないよ」お友達に笑われてます。
さぁ~どうしましょうか?
まぁ~出来るまでこのまま、...行きましょうか。
残間様
いや〜〜、何処でも同じようなことがあるのだなと思いました。我が母も89歳なんですが、「あなたが心配で死ぬに死ねない」と言うのです。それで、私は母の「長生きの素」なんだなと思うようにしています。戦争経験者は何処か違うな〜と思うのです。
面城生さん、こんばんは。
私なんぞは面城生さんのメールをじっくり読まないと分からないことが多くて・・易しいメールもお願いしますね。(笑)
小夏ママさん、おはようございます。
コメントありがとうございます。最近は、文章だけで意思を伝えるだけでなく、映像だけで多くを伝えたい!・・・と努力し、アメリカのNYの屋上菜園のサイトを参考に、映像中心のHomePageづくりにも挑戦しています。
http://nyerges.com/
http://blueridgeblog.blogs.com/
http://homepage1.nifty.com/JH2HTQ/
[[蛇足]]
今朝のTV朝日のニュース番組で、「ケセランバサラン」を報道していましたが、、、植物由来なら我が家にもありました。
http://homepage1.nifty.com/JH2HTQ/jan-01-2011/04.jpg
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