2/19(土)途中までですが......。

icon_zamma.jpg2月19日(土)26時03分

*林さんのおっしゃるように、
rolling stoneって、普通に辞書を引くと、
「転々と職や住まいを変える人」という意味ですものね。
でも、私は職も住まいも変えるのが好きですね。
飽きっぽいのでしょうね。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
これまで29回引っ越していて、
今の家が最長で、12年目となる。
何年も前から飽きているのだが、
同じ屋根の下に住んで6年目になる母が、
界隈に馴染んでいるので、
おいそれとは変われないのである。

転職も大好き。
今でも求人誌や新聞の求人欄を見ては、
「まだ働けるとことはあるかしら」と、思うし、
「もし、そこにいったら......」と、
あれこれ「新世界出の自分」を想像するのである。
(50歳を過ぎると、ホントに少なくなるのよね。)

......ここで、時間切れ。
上海やアメリカから、
仕事仲間や旧友が訪ねて来て、
スケジュールがグチャグチャになってしまった。


この続きは明日!
♥すみません!!!

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コメント(7)

残間サン。
明日、人生というか熊生を大きく転じられる方々がいらっしゃいますね。
21日、中国から白と黒のツートンカラーのパンダ色の全日空機に乗って
新パンダが来日します♪

今、ラジオを聴いていたら、安住アナが上野動物園でポニョに対抗して
(かどうかは不明ですが笑)新パンダの名前に応募されたそうです。
黒柳徹子サンはパンダ好き日本一ですが、安住アナは日本二のパンダ好きとして有名です。
ポニョは1通しか応募しませんでしたが、安住アナは3通応募したそうです。
その中に「ビービー」の名前がありましたあ。
安住アナは先ず「アンアン」を皮切りに、繰り返し名で考えられる限りの名前を
数百個書き出して、その中から厳選したそうです。
その作業はとても楽しかった、とラジオでおっしゃっていました。
ポニョは「ウィルビーだから、ウィルウィルとビービーだな」と
3秒で決めてしまいましたが…笑。
熟慮と直感が一致したわけです。
これで新パンダの名前はウィルウィルとビービーに決まったも同然ですよね
残間サン笑。
万が一、選考委員の方々が権力者の圧力に屈して他の名前になったとしても、我々だけは本名のウィルウィルとビービーで呼んであげようではないですか
ナカヤマさん笑。
そして「うえのパンダ歓迎実行委員会」のパンダ歓迎大使に
「崖の上のポニョ」の主題歌を唄った大橋のぞみちゃんが選ばれましたあ。
ぼくのiPodには、のぞみちゃんの唄うポニョが入っています。
のぞみちゃんは小さい頃から上野動物園によく通っているそうですから
同じく上野動物園ファンのポニョとは、園内のどこかですれ違っているに
ちがいありません。
モノレールを降りたところにある「こどもどうぶつえん」の可能性が高いですね笑。
ここでは動物と触れ合えるのです。

新パンダ公開と合わせて、ウィルビーで残間サンのコーディネートで
黒柳サン・安住アナ・のぞみちゃんによる「イッツ・ア・パンダフルワールド☆」が
開催されますならば、これに勝る喜びはありません笑。

家族をもち、子供が生まれるまでは、私は本当に
「rolling stone」でした。

これといった展望もなく、行き当たりばったりの人生を
生きてきました。

今でもホームレスの人を見るのがコワイです。

一歩間違えば、自分もああなっていた、という
切実感があります。


先日の残間さんのブログにあった、
「そう思っていたけど、〜が〜だったので出来なかった」

というのもコワイというか、イタイ言葉です。

私は言い訳の天才です。

何かを出来なかった理由を、いくらでも言えます。

もちろん、それは「やらなかった」が正しい表現ですが。


世間的には家族・子供のいる親父、ということになっていますが、
私の心の中は、20代の頃のままの「rolling stone」です。

そこがツライです。
自分をだましだまし、生きています。

かと言って、「rolling stone」を復活させてしまうと、
家族に迷惑がかかります。

そこが泣き所です。

私もたぶん「rolling stone」です。

仕事も面白そうなものが目の前にあれば、それを選んできました。

「石橋」が割れるなどという発想は私の中には微塵もなく、だから叩いてみるどころか、その「橋」が何で出来ているかも考えることなく、とりあえず行きたい場所に行くために渡ってきました。

「紙の橋」でも走って渡れば落ちることなく渡れたように思います。

運が良かったのでしょうね。


オイラはふと思った。
「この続きは明日!」
心ときめかせて「その続き」を待った、少年時代のことを。

今でこそ、調べようと思えばいつでもネットで即座に検索出来る時代に生きているが、
その昔、「この続きは明日!」は、
オイラにとって胸躍らせる「魔法の言葉」だった。

親からすれば「切りの良い時間」があっても、
子供にとって楽しい時間は「ず~っと続くもの」なので、
そんな切りの良い時間なんてものは、はじめから存在しない。(はずだ)
でも「続きはこんどね!」を聞くと、
「このつぎ」が楽しみで、不思議と安心もしていたりしていたのだ。
この言葉、親にとっても子供にとっても、
便利といえば便利な、使い勝手の良い万能な言葉のような気がする。

「こんど」と「つぎ」といえば、
電車の電光掲示板を思い出した。
簡単なようでいて、実は何とも分かりづらい表示だったのだが、
先日久し振りに見てみたら、
「先発」「次発」となっていた。
英語標記もしてあったが、
この方が日本語よりもずっと分かりやすいと思った。

A rolling stone gathers no moss.
も「石の上に三年」と、
当時は丸暗記で覚えたが、
今回ネットで調べてみると、
Perseverance will win in the end.
というのがあった。
これ日本語じゃん!?と感じながら、
「いつも活動している人には、生活のアカがつかない」を、
「石の上にも三年」と訳した人のセンスを思った。

因みになぜ「石の上に三年」なのか調べると、
冷たい石も三年座り続ければ、温かくなるので、
我慢すれば、報われるということらしい。

さしずめオイラなら
「座布団」使えば冷たくないのにね、
なんて云う子供だったと思う。
(ついでに「三年」という数字に含まれる意味合いとしては、3=長いという意味らしい)

冬といえば温泉!(冬に限らないが)
浴槽脇にこんな注意書きが貼ってあった。

「よい子のみんなへ
ここで泳いではいけません」

浴槽に肩までどっぷり浸かりながら、
オイラはふと思った。
きっとオイラならこう云っていただろう。
「だってオイラ、よい子じゃないもん!」とね・・・

先日、雪の銀閣を見つめながら、
無垢なるものを想っていた。
冬でもコケはこんなにも活き活きしているものだと感じていた。
オイラにも、無垢で元気な穢れ無き子供の心はまだ残っているのだろうか?・・・

ということで、
今夜はMichael Jacksonの♪ With A Child's Heart
を聴くことにしよう。
ねぇ、知ってる?
(あ~癒される~ぅ!)

人生というのはポニョに最も似合わない言葉だと思いますが笑、
それでも人生というのはあまり深く考えない方がいいのではないでしょうか?
先日、ウィルビーのイベントで、黒柳サンも「計画通りに行くことは殆んどない。
好きなことを思い切りやった方が良い」という趣旨のことを仲の良い友人同士で
老後に計画していたことが頓挫したことを例にして、仰っていました。
「DO YOUR BEST.」と「LET IT BE.」のセットの繰り返しでいいように思います。
その前提として、やることが自分の性(しょう)に合っていることと、
多少なりとも人の役に立っているということがあるかもしれませんが…
あ、もうひとつ大切なことがあった。
…アホなこと笑。
頭が良すぎると自縄自縛に陥ることが多いみたいです。
アホでよかった…笑。

「引っ越し29回ですか!さすが残間さん、尊敬致します。私は2回。現在の所には何と32年住んでいます。
いえ、転居が嫌いな訳でもなく、住めば都と気に入っている訳でもありません。成り行きです。新天地を求める気持ちは常にあります。どこか遠く、しかも全く知らない所で暮らしてみたい気持ちはあります。
身の周りの山ほどの物と、諸々のしがらみ、「まあ、いいか!」現実は厳しく、諦めとものぐさに押し切られるのです。隣の芝生が青々見える事も、しばしばあります。
「ふうてんの寅さん」が人気があるのも頷けます。

40代の頃までは、週末にどっと折り込まれる求人のチラシを念入りに読みましたね。これは自分にも出来ると思うとワクワクしたものです。ほとんど空想の域を出る事はなかったし、何も出来なかった、いえ、しなかったけど、情熱はあった様な気がします。
チラホラと人生の終末が見えてくると、いかに人に迷惑をかけずに生きていくかという難題が、どんどん心を占拠して、それでもまだ何か出来る事があるのではという思いと
せめぎ合っています。
ケセラセラ、なるようにしかならないのでしょうね。

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フォトアルバム

5月16日(水)

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開業間近の「東京スカイツリー」を見上げる。

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江戸の四季をモチーフにしたというエレベーターの内装。

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真新しいユニフォームを着たスタッフ。

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340mの高さから下を覗く。

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地上451.2mから眺める景色。

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最高到達地点「ソラカラポイント」にて1枚。



5月11日(金)

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打ち上げ会場での「虎姫一座」



5月8日(火)

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昭和のスターたちを支えた「花やしき少女歌劇団」(小・中学生の少女たちで結成された)

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浅草のランドマーク「浅草公会堂」



5月6日(日)

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手足とも緑色に。



5月5日(土)

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手際よく芝の手入れをする学生。

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雄大な八ヶ岳連峰を仰ぐ。

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花の直売店。

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熱気球体験も人気。

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野菜の直売所(他に乳製品の直売所もある)

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「諏訪大社御柱祭」で曳行されたご神木。



5月3日(木)

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2キロの蕗の皮。

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虎姫一座+サエラの「公会堂で逢いましょうin浅草」稽古風景(5月11日18:30より浅草公会堂で開催)

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熱心に指導をする大里プロデューサー。



4月30日(月)

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港区コミュニティバス「ちぃばす」初体験。



4月29日(日)

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法話室にて、僧侶と。



4月21日(土)

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神楽坂・毘沙門天で、しめやかに営まれた。

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品川駅近くで見つけた、名残の桜。その1

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その2



4月18日(水)

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1986年に公開を始めた「窯のある広場・資料館」

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施設を案内してくださった、辻館長。



4月15日(日)

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初めて搭乗した「スターフライヤー」

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楽屋を訪ねてくださった、田島元通さんのお父さんと。

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「いろはクラブ」のみなさんが楽屋に用意してくれた、郷土のお菓子と柏餅。



4月7日(土)

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茅山荘の坐禅会。インド、ブラジルから帰ったばかりの藤田一照さん。

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お花見をするニシダさんと母。



4月6日(金)

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加賀乙彦先生とツーショット。

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willbeメンバーに囲まれた加賀先生。



4月4日(水)

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試食会で、ファミマスタッフと。手の中には、秘密のデザート(5月中旬発売予定)



4月3日(火)

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霞ヶ関ビル1階に飾られていた、桜の生け花。



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
イースト・プレス
【価格】
1,470円

引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
日本経済新聞出版社
【価格】
1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。