3/12(土)石巻で被災したクミコは、山の採石場に避難していた。

icon_zamma.jpg3月12日(土)24時23分

地震に遭ったのは、
NHK「どよう楽市」の打ち合わせをしている最中だった。


ここのところ東北地方で、
地震が起きていたので、
「地震が起きたりしないで欲しいね」と、
スタッフ間で言い合っていた直後のことだった。

というのが、
公開生放送に出演してくれることになっていた、
ゲストのクミコさんが、
この日石巻でコンサートをして、
終演後車で仙台に移動してくれて、
(多分午前2時か3時頃)
仙台のホテルで2時間程度仮眠を取り、
朝一番の東北新幹線で帰京してくれて、
その足でNHKに来てくれることになっていたからだ。

13時13分に、
クミコの事務所の平栗さんから私に電話が入り、
「明日よろしく願いしますね」と言い合ったので、
クミコさんは大変だけど、
きっと素敵な番組になると思っていた私は、
「大丈夫、きっと明日の朝、元気に来てくれますよ」と、
言った数分後、地震に襲われたのだった。

最初は何が何だか判らなかった。
「茫然自失」とはよく聞く言葉だが、
そこに居合わせた全員が,
その状態だった。

3回目の揺れの後、
「ここにこうしていても仕方がないのではないか」と、
いうことになり、
先ずは今いる8階を降りて、
下のフロアの広い空間に行こうということになった。

東館4階がNHKの正面玄関なのだが、
そのロビーに人だかりがしていた。

ロビーの壁面いっぱいに広がる大型画面を見つめていると、
ヘリからの映像なのだろうか、
上空から名取川を逆流して来る津波が、
ひたひたと忍び寄り、
まるで怪物のように家や車を呑み込んでいた。

何人かが「あ〜っ!」と叫んだ。

私は目の前の椅子で目をつぶって座っている、
お腹の大きな女性のことが気になっていて、
一瞬画面から目を離していたのだが、
魔の手が迫っているのも知らずに逃げ惑う車が、
今しも怪物の手にかかろうとしている映像だった。

「朝、起きたら惨憺たる状況になっていた」のではなく、
まさに今、この時、このことが起きているのだと思うと、
息が苦しく、倒れそうになった。

結局「どよう楽市」は休止となり、
それでも「公開生放送」に出るべく、
既に地方から東京に来ているリスナーもいらっしゃるので、
公開収録という形にして、
後日使えそうなところを使おうということに決まった。

地震が起きた直後から,
「クミコさんはどうなったのだろう」という不安、
「willbeメンバーは被災していないだろうか」という不安、
「会社のスタツフはどうしているのだろう」という不安、
「仙台の親戚はどうなったのだろう」という不安、
そして、「母はどうなったのだろう」という不安が、
頭をよぎったのだが、
何度電話をしても誰とも繋がらなかったので、
先ずはNHKから一番近い自宅に帰ることにした。

家に帰ると、
外に避難していた母たちが、
3階の母の部屋に戻ったところだった。

この日はたまたま、
部活に出かける直前の息子が家にいたので、
母とニシダさんを、
非常階段に誘導して外へ出し、
揺れが収まった時点で、
再び非常階段から部屋に連れ戻したところに、
ナカヤマが会社をミノヤに託して、
母にお弁当を持って来てくれていたのだという。

「こういう時、子供が幼い頃は、
先ずは子供のことが気になって仕方なかったのが、
今は子供のことを気にしないでいられることが嬉しいわね」
と、ナカヤマが感慨深そうに言ったのだが、
考えてみれば、私も今日は息子のことは、
もちろん脳裏をかすめはしたが、
「多分、大丈夫だろう」とも思っていたのだった。

それにしても、
ここ10年「宮城ふるさとCM大賞」の審査員をしていることから、
宮城県内の市町村についてはよく知っているので、
見知った名前を聞くたびに胸が痛い。

......夜が更けて、
「明日は生放送ではないけれど、
しっかりやらなければならないのだから、
少しでも眠らなきゃ」と、思うのだが、
昼間見た怪物のような津波の映像が頭から離れず、
眠くならないのだった。

それでもいつの間にか、
少し眠ったらしく、
気がついたら午前4時半になっていた。
6時に家を出て、
NHKまで歩いて行った。

途中、外車に乗った黒人男性が車を停めて、
「乗って行かないか」みたいなジェスチャーで、
私を誘ったのだが、
(コートで顔が隠れていたせいで、実年齢が判らなかったのだろう)
意に介さないでいると、
後ろを歩いていた若い女性にも同じように声をかけていた。
(直感だが、親切に言っているとは思えなかった)

6時40分、NHK着。
途中、NHKホール脇の敷地で、
今日開催予定だったイベントも中止。
閉じたテントの外側で、
最近評判のB級グルメの旗が、
淋しく風になびいている。

NHK505スタジオ。
何人の方が見えるか見当もつかなかったのだが、
最終的には25人の方が、いらしてくださった。
遠路はるばる旭川から、山形から、静岡から、
あるいは都内の避難所から来てくれた、
母娘(娘さんは11歳)もいた。

山形から来てくれた人は、
昨日上京し、
大崎まで来たところで電車が止まって、
ホテルまで辿り着けず、
大崎のファミリーレストランで、
珈琲を10杯も飲んで夜明かしをして、
今朝NHKに駆けつけてくれたのだという。

みなさん、
クミコさんの生歌を聴けないのを、
ガッカリしていたのだと思うが、
誰一人声には出さず、
総じてとてもいい雰囲気のうちに収録を終えた。

「どよう楽市」は来週が最終回だが、
今回の地震の被害如何によっては、
次の土曜日に、
果たして通常の番組が出来るかどうか、
結論は来週始めに持ち越されいる。
(もし、放送出来ない場合は、
リスナーのみなさんの記憶から消え去る前に、
「どよう楽市・さよならスペシャル」のような形で、
実現して欲しい旨、私からも懇請している)

......只今、
午後23時すぎ。

実は仙台市若林区に住む、
いとこ5人の行方が判らなくなっているのである。
その中の一人は、
多くの遺体が発見されたという荒浜に住んでいる。

先ほど仙台市内の山側に住んでいる別の親戚に、
札幌に住む従妹経由でようやく連絡が取れたのだが、
そちらの方は無事だという。
若林区に住む5人は、
どこかの避難所にいると信じて、
いい報せを待とうと思う。

............そして、今23時40分。
クミコさんの事務所の平栗さんから電話が入った。
先ほど仙台のホテルに着いたのだという。

聞けば、
一行は避難所にいたのではなく、
夕べは石巻市民会館の裏山の採石場に逃げて、
そこで一夜を明かしたのだと言う。

「リハーサルを前に地下の控え室にいたら、
ゴォーッいう凄い音がして、
一瞬近くを地下鉄が走っていると思ったんですけど、
石巻に地下鉄なんてないと気がついて、
古い会館なので、
ボイラー室の音がしているのかと思ったんですよ。
これだとステージに響くななんて思っていたら、
もっと凄まじい音になって、
次の瞬間激しく揺れ出したんです。
足がすくんで歩けないんですけど、
「地震です」という地元のプロモーターの人の誘導で、
何とか地上に出たんです。
駐車場に出ると地割れが出来ていて、
水が吹き出しているんです。
街中をサイレンが鳴り響き、
『津波が来る〜っ』と言われたので、
雪が降る中、必死で裏山に逃げました。

ふと後ろを振り返ると、
市民会館は水没していて......本当に危機一髪でした。
今日は午後になつて晴れたので、
音響さんの車で4時間半をかけて、
迂回に迂回を重ねて、
やっと仙台まで来ることが出来ました。
仙台もまだ停電しているところが多いのですが、
ここは一部照明もついていますし水も出るようです。
「どよう楽市」のリスナーのみなさんや、
NHKのみなさんに、
申し訳なかったとお伝えください。
明日、帰れるかどうか判りませんが、
とにかく無事でいますので、
そのこともよろしくお伝え下さい」

危機一髪をくぐり抜けたクミコと、
無性に会いたくなった。

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コメント(12)

残間様             お帰りなさい、クミコさんもご無事で本当に良かったですね。       仙台のご親戚、知人、メンバーの方々の安否とどんなにか、お心を痛めて居られますとお察し致します。              眠られず、お疲れのところ、長いコメントにての、お知らせを感謝いたします。            この惨事がこれ以上になりません事を祈ります。          少しでも、お休み下さい。

昨日は、深い思いの一日となりました。どよう楽市のスタッフの皆様、残間様、宮本様、大沼様、収録会場に色々な複雑な思いで入られたリスナーの皆様にお会い出来たことを感謝しています。まさか、自分が東京で避難所への日が来ると思わず…。遠方からいらっしゃるリスナーのことも考え(向かってる最中で連絡取れない)収録に踏み切られたのだと思いました。収録中も、明らかに被災地の皆さんを、思いながらが感じられました。向かってる最中に被災された方々もいらっしゃると思うと胸がいっぱいになります。避難所で明け方、残間さんのブログ、ポニョさんのコメントでも様子がわかり助かりました。非常に辛い出来事ですが、『人と人の絆』が、必要とされると思います。どよう楽市もそんな番組だったと思います。忘れられない日となりました。どうも有り難うございました。余震まだまだ続きますが気を付けて下さい。

まだまだ、被害は広がっていくでしょうけれど私たちは落ち着いて何が出来るのかを考えていくしかありませんね。
すでに地震の影響がこちらにもで始めているようで、スーパーに店の仕入にいきましたら商品が品薄になっていました。

クミコさんも、生島サンも、ブログを拝見すると大変だったようですね。

ぼくは6時半頃、ちょっと怖かったのですが時間がなかったので、
地下鉄副都心線に乗り込みました。
渋谷駅から公園通りを駆け上がって、汗だくになってNHKにたどり着き、
会場を待つ列の最後尾に並びました。
走っている間は寒かったのに、後から後から汗が吹き出して来ました。
その間に数人のウィルビーメンバーの方から「途中まで来たけれど、
電車が動かないのでスタジオに行けません。無念です」というメールが
ケイタイに入りました。

とてもアットホームな雰囲気で、よかったですね。
観客が胸にぶら下げたラジオネームの名札と、お顔が「不一致」なのが、
妙におかしかったです。
いいオジサンが、美しいお花の名前だったりして笑。
…人のこといえませんが(汗)。

観客席とのやり取りの時間が、たっぷりありました。
困難な状況の中、遠くから残間サンに逢いにみえた方が
たくさんいらっしゃいましたね。
悲しい思いをし、生きる希望を失くした時に、残間サンやスタッフの方との
やり取りで救われたという女性のお話には感動しました(その方を帰り道、
お見かけしたのですが、立ち去りがたいようにNHKの建物をじっと見つめて
いらっしゃいました)。
励まされた方は他にもいらっしゃいましたが、みなさん、
長期に渡って「どよう楽市」と関わる中で、パーソナリティとリスナーの
垣根を越えて、「心友」の関係になっているようでした(ぼくは楽市1年生)。
何か、通信教育の楽市小学校の卒業式みたいだなあ、と思いました笑。

残間サンが小学生の女の子と熱心に話されている姿が特に印象的でした。
残間サン、女の子の夢をきちんと受け止めて、励ましていらっしゃいましたね。
後で聞いたら、彼女は残間サンの大ファンで、お母さんと並ばずに自分は
前の席に座る、といったそうです。
彼女にとっては一生の宝物になったことでしょう。

番組の後、ロビーで簡単な交流会がありました。
残間サンはご自身もお疲れでしょうに、全国のリスナーや
ウィルビーメンバーのみなさんのことをとても心配されていました。
宮本愛子アナウンサーにお願いすると、快く言葉を添えて
サインして下さり、ネコの話で盛り上がりました笑。
ラジオと同じく、あるいはそれ以上にやさしく愛らしい方で、うれしかったです。
楽市が終わってもまた他の番組で、ご活躍いただきたいです。

余震が続く中、困難な状況を切り抜けて、スタジオに集まったリスナーたちと
創り上げた「どよう楽市」の公開収録。
「ダメアラ(駄目で元々雨アラレ)精神」そのものであったと思います☆

・ポニョ拓さんの言われる「通信教育の楽市小学校」というのはこの番組にぴったりのネーミングだなと思いました。
 生きていく上での学校だったのだな、と。
・私は筑波に住んでいるのですが、今回の地震に関する県内の災害情報は、地元AM局の「茨城放送」に負うこと大です。聴取者からの物品、手洗い、病気治療の提供情報なども聞くことができ、ラジオは、やっぱりいいものです。
 

残間さん、無事公開収録を終えられた事、お喜び申し上げます。お疲れ様でございました。
 
ポニョさんの昨日の状況描写はさすがですね。場面が目に浮かぶようです。有難うございました。
参加出来なくて残念なんて贅沢な思いは微塵もなく、無事に終わった事を心から嬉しく思っています。

あまりに悲惨で残酷で、残間さんがおっしゃる
「茫然自失」と言う以外の言葉は見つかりません。
真面目に一生懸命生きてきて、突然無残に未来ある人生
に終止符が打たれる。夢も希望もやりたい事もいっぱい
あっただろうに。。。
「生きてるだけで、丸儲け」と言ったお笑いタレントが
います。命拾いした人達も、経験した事のない苦難が
待ち受けていると思いますが、決して
「あの時、死んだ方が増しだった」と思わなくても良いように、かけがえのない命が安心して生きていける様に
皆で力を寄せ集めて支えていきたいですね。
物でも心でも力でも、何でも出来る事を少しでも早く
具体的に提供出来る機会が欲しいですね。
「自助、共助、公助」が必要で、今は共助と公助が特に
急がれますね。

十人十色、こんな時にも「人の不幸は蜜の。。。」
とばかり、考えられない人達がいるみたいです。
”迷惑メール”がかなりの勢いで、ネットに氾濫しているし、都内のあちこちで”偽義援金募金”を集めている人達が出ているそうです。腹が立つと言うより、悲しい!!! 何でも出来る事があれば、どうぞお申し付けください。

追伸
 コメントを投稿する時、何度も画像の文字を確認し、ほとんど祈るような気持ちで「投稿」をクリックします。
(それでも何回に一回はエラー)
今日は、すんなり成功しましたが、なかなかコメント欄に表示されません。見間違いで本当はエラーだったのかしらと落胆して、PCを離れ、2時間近く経ってから開くと、
出ていました。いつもより特別長いと言う訳ではなかったと思うのですが、PCがご機嫌斜めの事もあるのかしら? いつか、林さまか杉本さまが(ごめんなさい、記憶が曖昧で)長いコメントは時間がうんとかかる事もあると
書いていらっしゃいましたね。
 

残間さんが聞かれた平栗さんの電話内容からすると危機一髪だったような気がします。
石巻市民会館の裏山があったのは本当に幸運でした。

クミコさんたちは仙台から庄内空港経由で無事帰宅できました。
皆さんのご心配ありがとうございました。

残間様   

仙台のお方々の安否は?もう目を疑う毎回の画面です!
夢で有って欲しいと、言われた被災された方の言葉が...、
娘さんが、目の前で、本当に地獄絵のようです。

せめて今自分に出来る事は、.....?
考えながらの毎日です。

 悠々さま

林正さまと記憶しています。
悠々さまから私が教わった頃です、その後も3月11日の
午前1時40分のコメントで、
親切丁寧なご指導をコメント欄に書いて下さっています。
とても参考になりました、感謝しております。
それを印刷して、見ながら書いています。

まだまだ、???事ばかりですが心強いです。
今回の災害に遭われた方も、
パソコンが出来ない、触ったことも無いから不便との声も。

携帯も歳なのだから子供との連絡用で良い、難しいのは、
今更と思っていた時に旅先でハプニングに出会い....!!
その時が..残間様にお会いした♪♪最初でした。

帰宅後直ぐにドコモに...今は助かっています。
出先ではパソコンの代わりもしてくれる強い味方です。

残間さん、ご心労の中、「どよう楽市」お疲れさまでした。

収録には参加出来なかったのですが、
齊藤ポニョさんの書き込みで、
私も通信教育の「楽市小学校」卒業式に出席した気分を味わうことができました。
ありがとうございました。

クミコさんが無事に帰宅されたと知り嬉しく思います。

…あの、みなさん、ありがとうございます。

東京も今夜はお店を18時で閉めてしまうところが多かったし、
節電のため、街は暗かったです。
帰りに寄ったコープでは、食料品の棚が空っぽでした。

だけど、ファミマも被災者の方のために奮闘されているし、
こんな状況でも火事場ドロボーのようなことが起こらない日本に、
外国の方は感心しているようだし、帰宅困難者の方たちは励まし合って
歩いたとか、その他にも「いい話」をたくさん耳にします。
いつもケンカばかりしている両親とも、今夜ばかりは協力して水を汲んだり、
頭上の危ない物をどかしたり、黒猫クーのごはんを多めにやったりして、
もしもの場合の備えをしたし、母もケイタイにもちゃんと充電し直してたし…

…と思ったいたら、今、急にぼくのケイタイが鳴ったので出たら、母からで、
うんともすんともいわないうちに切れちゃったので、何かあったのか!!と思って
急いで階下の両親の部屋に降りて行ったら…
「メールの練習してたんだけど、電話がかかっちゃったみたいなの。何でかしら?」だって…

…やっぱり、ダメかもしれません笑。

zGFGAq ixrtzumuvflw

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フォトアルバム

4月5日(土)

photo_nikki六本木ヒルズのパンジー

photo_nikkiアークヒルズ中庭の桜。

photo_nikki首相官邸沿いの新芽の出たポプラ(上)と桜並木(下)
photo_nikki

photo_nikki内閣府前。

photo_nikki参議院会館前。

photo_nikki国立国会図書館前。

photo_nikki憲政会館の下の通りにはドクダミが。

photo_nikki内堀通り沿いの桜(奥に見えるのは警察庁と国土交通省)

photo_nikki首都高都心環状線沿いの桜。

photo_nikkiお濠の周りには観光バスが列を連ねていました。

photo_nikki皇居内堀に咲く花々。

photo_nikkiカルガモ発見!



4月3日(木)

photo_nikki日中文化交流協会・前会長の辻井喬さんを偲ぶ会。

photo_nikki左は「日本介護福祉グループ」の藤田英明会長、中央は必殺紹介人のモリベ氏。



4月2日(水)

photo_nikki青山通りから見た赤坂御用地の桜。

photo_nikki赤坂警察署前の桜。

photo_nikki赤坂・豊川稲荷は、早くも葉桜です。

photo_nikki国立劇場前。

photo_nikkiFM東京前。

photo_nikki英国大使館前。

photo_nikki千鳥ヶ淵の桜。

photo_nikki桜を眺めながら昼食をとる外国人ビジネスマンの姿も。

photo_nikki靖国神社の桜(右端に鳥居があります)

photo_nikki梅窓院の桜。

photo_nikki
寺島文庫の文庫犬エリゼと。



4月1日(火)

photo_nikki神宮外苑の桜。

photo_nikki渋谷・桜ヶ丘のさくら通りでは「さくらまつり」が開催中。

photo_nikki林真理子さん還暦パーティの引き出物。



3月31日(月)

photo_nikki富士川鉄橋付近を通過。

photo_nikki京都の東寺。

photo_nikki大阪で千秋楽を迎えた、地球ゴージャスプロデュース公演「クザリアーナの翼」



3月29日(土)

photo_nikki吉川公園に向かう途中の桜並木(三分咲きでした)

photo_nikkiグラウンドの土手には鮮やかな菜の花間畑が!

photo_nikki南青山ぼちぼち団のメンバーと。

photo_nikkiぼちぼち団の新キャプテンのフジタ氏。

photo_nikki開会式で挨拶をする椎名誠さん。

photo_nikki八丈島や大阪からも参戦。



3月24日(月)

photo_nikki南紀白浜空港。

photo_nikki空港の隣には「アドベンチャーワールド」が。



3月23日(日)

photo_nikki川湯温泉。河原に穴を掘って作った「my露天風呂」に入浴中の人たち。

photo_nikki湯の蜂温泉。

photo_nikki卵を網に入れて、湯筒で茹でています。

photo_nikki熊野那智大社

photo_nikki
那智の滝。

photo_nikki香炉にぶら下がっているこま犬が可愛い。

photo_nikki熊野本宮大社。

photo_nikki昨年の台風12号の被害の爪痕が残る熊野川の河岸。

photo_nikki和菓子屋「儀平」の堀本京子さんと。

photo_nikki「アドベンチャーワールド」の入口。

photo_nikki食欲旺盛なオスの海浜(カイヒン)君と。

photo_nikki海浜君の妹の優浜(ユウヒン)ちゃん。

photo_nikki手前が海浜君、奥が双子の陽浜(ヨウヒン)ちゃん。

photo_nikkiペンギン王国。

photo_nikkiラッコたち。

photo_nikki三段壁の夕陽。

photo_nikki

photo_nikki白浜名物・クエ鍋。



3月22日(土)

photo_nikki奈良県から和歌山県へと流れる紀の川

photo_nikki高野下駅舎。

photo_nikkiケーブルカーで高野山へ。

photo_nikki頂上には前日降った雪が積もっていました。

photo_nikki金剛峯寺。

photo_nikki紀州の春。

photo_nikki

photo_nikki

photo_nikki



3月21日(火)

photo_nikki小さな誕生日ケーキでお祝い。

photo_nikki仁坂吉伸和歌山県知事から、誕生日祝いに送って頂いた「焼き梅」



3月18日(火)

photo_nikki
工事中の「ホテルグレイスリー新宿」外観。

photo_nikki花粉症対策マスクを装着した八丁地常務執行役員と。



3月14日(金)

photo_nikki「日本創生委員会」が開催された東京會舘の桜。



3月13日(木)

photo_nikki雨滴の向こう側にうっすらと浮かんでいるが河津桜です。

photo_nikki会席料理にも添えられています。



3月11日(火)

photo_nikki春まだ遠し。

photo_nikki米原市の手前。遠くに見えるのは伊吹山。

photo_nikki1階のナレッジプラザに展示されている巨大プール(実は絨毯です。中央の水色の部分に立って周りを見ると、プールの中にいるように立体感が味わえます)



3月10日(月)

photo_nikki
今季最強の寒波も3年前の震災の日を想えば・・・。

photo_nikki
津村禮次郎さんによる能

photo_nikki奥でヴァイオリンを演奏しているのが古澤巌さん。手前左がチェリストの大藤桂子さん。

photo_nikki華道家・前野博紀さんにより献花。



3月8日(土)

photo_nikki母のホームに向かう途中、小学校の校庭沿いには春の花が。

photo_nikkiボケ(木瓜)の花。

photo_nikki大和夢之介さんの独立15周年記念パーティにて(右から、平山みきさん、大和さん、川上麻衣子さん、私)

photo_nikkiwillbe混声合唱団の活動の様子。

photo_nikki特訓!(合唱団を支える貴重な男声です)



3月7日(金)

photo_nikki歳川隆雄さんの出版記念パーティ。

photo_nikki会場に届けられた政治家からの花輪。

photo_nikki会場にいらした田原総一郎さんと。



3月3日(月)

photo_nikki5時間煮込んだ蕗の煮もの(右)と山椒の佃煮(左)



3月2日(日)

photo_nikki帰りに立ち寄ったナカヤマの実家では、お義姉さんが育てた梅が花を咲かせていました。

photo_nikki

photo_nikki



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
イースト・プレス
【価格】
1,470円

引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
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【出版社】
日本経済新聞出版社
【価格】
1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。