3/19(土)4年間「どよう楽市」を、ありがとうございました。

icon_zamma.jpg3月19日(土)26時14分

みなさん、
昨日は「どよう楽市」最終回を聴いてくださって、
ありがとうございました。
こんなにも沢山のあたたかいコメントを、
書いていただき、感激しています。


今だから言えるのですが、
最後まで放送出来たのは、
「奇跡」に近いことだったのです。

♥〜〜〜〜〜〜〜♥〜〜〜〜〜〜〜♥〜〜〜〜〜〜〜♥〜〜〜〜〜〜〜♥

番組が始まって間もなく地震速報があり、
その後も何度となく地震情報が入り、
その都度ヒヤリとしたのだが、
それでも8時台は過ぎ、
9時台も何とか無事に終わって、
10時台の終わり頃、
放送時間が残り30分を切った時に、
「間もなく原子力安全・保安院の記者会見が入ります」
との情報が、突然スケッチホン(副調整室にいるプロデューサーや、
ディレクターからの指示がスタジオの私たちに伝えられる、
ホワイトボードのようなもの)に書かれた。

保安院の会見もだが、
総理大臣や官房長官の会見が始まっても、
その時点で、
マイクが会見場に切り替わることになっていたので、
宮本アナと「あゝ、ここでおしまいなのね」と、
目配せをした。

次いで、
「保安院の記者会見が始まったら、
番組はその時点で終了するかもしれません」と書かれ、
最後の私のリクエスト曲をかけるかどうか、
この時点でははっきり決められないまま、
(「多分カット」という感じだった)
「残間さんに一言」というコーナーに突入したのだった。

番組がいつどうなるか判らない時に、
私ごときを中心にした話をするのは、
気が引けていたのだが、
(元々このコーナーは不遜な気がして困惑していたのだ)
せっかくリスナーが書いて来てくれたのだから、
「丁寧に答えなきゃ」と思いつつも、
スケッチホンの内容が気になって、
(既にこの時、スタジオ内の小さなテレビモニターには、
今しも記者会見を始めそうな保安院の人の姿が、
写っているので気が気ではなかったのだ)
いつでも「ここで番組は終わります」と言えるように、
「一言コメント」のような、
短い回答になってしまったのは、
あまりに素っ気なかったと、
今でも悔いになっている。

それにしても、
宮本アナはさすがで、
日頃の訓練のたまものなのだろう、
スケッチホンに何が書かれようと、
落ち着き払って(本当に「その時」が来るまでは意に介さぬ風情)
粛々と進行するのだった。

私のコーナーが終わって、
最後の音楽は私からのリクエスト曲だったのだが、
これも後で聞いたところ、
外の副調では、
ここで(悠長に)音楽をかけるくらいなら、
保安院の記者会見会場に繋いだ方がいいのではないか、
という意見もあったようなのである。

進行表には、
10時47分「LAST楽市リクエスト」と記されてあり、
遂にその時間にさしかかった時、
スケッチホンに、
「このまま55分まで番組を続けます」と、
書かれたのだった。

LAST リクエストは、
私も辛い時、哀しい時に、
何度も励ましてもらった歌、
中島みゆきの「時代」にした。

10時50分、
「時代」がBGMになり、
宮本さんと二人でお別れの挨拶をした時は、
番組が無事終わったという安堵と、
これが最後なのだという感慨が重なって、
胸が熱くなった。

思えば、4年間、172回の放送。
ずっと楽しかった。

継続する仕事は、
時間が経って慣れて来ると、
「あゝこんなものか」と思い、
徐々に飽きて来る傾向がある私が、
飽きが来ないどころか、
毎回番組開始時間が待ち遠しくて仕方なかった。

前日の金曜の夜は、
出来るだけ宴席を避け、
どうしても避けられない時もアルコールは制限して、
土曜の朝に備えた。

こんなにも充実した時を過ごせたのは、
ひとえにリスナーのみなさんと、
NHKのスタッフのお蔭だ。

特に、
回が重なる毎に、
自分の胸の内を率直に語ってくれる、
リスナーが増えたことは、
私のこの先の仕事人生に、
大きな力を与えていただいたように思う。

失職や離婚、介護や鬱や身内の自死の話など、
深い話を淡々と語ってくれた方も多かったし、
「これから婚活に入ります」と言う52歳の女性や、
「結婚はイヤだけど、パートナーを募集中」と、
宣言した57歳女性もいたし、
「40年前に別れた女性が忘れられない。
何とか再会したいのだが」と言う団塊男性もいた。
(男たちは何十年もの前の終わった恋愛の思い出に浸り、
女たちは新しい出会いに希望を見出しているのが特徴的だった)

また「稚内から波照間まで、日本縦断を敢行中!」とか、
「東海道、中山道を終えたので、これから甲州街道を歩きます」
という平成の伊能忠敬男も大勢登場してくれたし、
「時間が出来たのでクラシックバレエを始めました」と、
言う60歳女性や、「喫茶店を開店しました」と言う58歳女性等、
限りある時間と限りあるエネルギーを意識して、
新しいスタートを切る人たちの声には大いに励まされた。

当初は団塊世代を主軸にした番組ということだったのだが、
最近は20代、30代のリスナーも増え、
番組終了を告知した後は、
9歳の女の子から「5歳の妹と聴いています」という、
ファクスが届いたこともあれば、
過日の公開収録には、
小学5年生の少女も来てくれた。

4年間でスタッフも随分変わったが、
上田アナ、大沼アナ、宮本アナをはじめとして、
NHKラジオセンターのスタッフたちも、
この先も縁が繋がっていて欲しい、
素敵な仲間たちだった。

保安院の会見に切り替えず、
「最後までこのまま行こう!」と決断してくれた、
チーフプロデューサーは、
今日まで話をしたことのない人だった。
(緊急態勢になっているので、
いつもはいないエライ人が監督をしていたのだ)

番組が終わって、
御礼を言いに行ったところ、
「最後の曲が『時代』だというし、
何しろ最終回ですからね。
何とか出来ないかと思って......。
それに、保安院の会見も、
なかなか始まらなかったものですから......」と、
言っていたが、
他の人に聞くと、
「音楽があまり好きではない人だったり、
杓子定規な人だったら、
即保安院の会見場に切り替えていましたよ」とのこと。
ここにも「奇跡」の秘密があったのだと知った。

......こうして書いていくと、
きりがないほど、
素晴らしい思い出が詰まった4年間だった。

 
♥最後に、
リスナーのみなさま、
本当にありがとうございました。

私もまだ当分は、
「棲息」していると思いますので、
今後ともよろしくお願い致します。

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コメント(26)

残間さん、おはようございます。4年間お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。「時代」よかった~です。感動しました。涙が頬を伝いました。
健康に留意されて、ますますご活躍ください。

番組の裏では大変だったんだ・・
こちらも中断しないように・・しないようにと
願っておりました。
それでも3回ほど「番組の途中ですが新潟から
お伝えします」の中断がありました。
最後まで放送出来て本当に良かったですね!

私も大ファンの中島みゆきさんの「時代」が
残間さんのリクエストとは・・・
”偶然”を感じています。

残間様、感無量の事と存じます。偶然ではなく、想いが通ったのだと…此方も何度か!?もう終わり!かと…「時代」は聴く事が出来ませんでした、若いときのみゆきさんの時代、今のみゆきさんの時代…その時代時代を生きる!みゆきさんの姿を…観ながら歌詞を噛みしめました。   選曲なされた残間様、最後迄見守って下さったNHKの、「唖うんの呼吸」困難な決断だった中の一曲、ありがとうございました。… 久しぶりの日曜美術館を…後ろめたい気持ちで…でも観ています。被災地の皆様に詫びながら。

最終回なので、何が何でも・・・と、
車の中で聴いておりました。

最後のリクエスト曲、中島みゆきさんの「時代」を聴いていたら、涙があふれてきました。

番組の最後まで聴くことができて・・・
ありがとうございました。(今も涙!)

最後まで大変だったんだ~。
ブログのご案内があったんで、こちらへ入ってきました。
番組へは一度も参加したことは無かったけど、よく聴いてましたよ!
これからは時々覗かせて頂きますね。番組一番の思い出は、青木輝さん提供の音源『ソプラノの残間さん』。

残間さん、4年間ご苦労様でした。いろいろと楽しまさせてもらいました。“ピリッとした残間さんのコメント”が、何事においてもたまらなく好きでした。私は昨年の“我が家からの中継以来”は、少々調子に乗ってしまったのか?スタッフの皆様ご機嫌を損ねる事があったらしく“遠ざかれる人物or危険人物に指定”されたのか?全く無視される人となってしまい残念でなりませんでした(自業自得なんでしょうが・・)。最終回は、我が家の近くにできた「避難先住民の受け入れ場所」へ、足手まといにならない程度のお手伝いのため、途切れ途切れにしか聞けませんでした。尻切れトンボのようになってしまい、非常に残念です。また、再開のような事がありましたら率先して聞き・参加をさせていただきたいと思ってます。いろいろとお忙しいでしょうが「もう無理が利かない〇〇歳の誕生日」を迎えるわけですから健康だけはシッカリと保って「お仕事等」にお励みください。“長ァ~く・ピリッとした楽しいコメント”いつまでも・いつまでも聞かさせてください。 ご苦労様でした・・楽市ファンから!

お疲れ様でした。3月13日は、私の66歳の誕生日。そして、2年前にくも膜下出血で亡くなった妻の3回忌を予定してました(こちらは東北関東大震災で交通事情悪く延期)。妻を亡くして2年余り、その間、毎週「どよう楽市」を聞くともなしに聞いていると、私よりつらい経験をした方が勇気を出して「前に前に」進んでいる声を聞いて私もいつまでもメソメソしていてはいけない、それでは妻も悲しませることになる。と感じようやく前向きに気持ちを持てるようになりました。今は17歳6ヶ月、2匹。16歳、7歳。の4匹の猫たちと過ごしています。番組編成で私たち中高年の聴く番組がなくなっていることを感じます。また残間さんの声が聞けることを待っています。本当に勇気をいただきました。ありがとうございました。

どよう楽市御苦労様でした。あの時あの時間の中島みゆきさんの時代は、被災地迄電波が届きますようにと祈りました。私は、東京で地震にあい、昨夜、知人から「大丈夫だったのでしょう?住めるでしょう?東京たいしたことないでしょう?」相手の明るい声に不快になったけれど、あまりに温度差あるけれど、改めて自分自身振り返りますと、自分がどうだったか?地震にあった地域の人に優しく対応出来ただろうかと猛省しました。自分が今このような状況になってわかることがありますね。地震から一週間以上経ちますが、心に冷たい風を送るような対応を、発言を、私もしないように気を付けて行こうと思います。心の中は、外から見えないけど、どよう楽市で心熱くなったリスナーいたこともNHKの上層部の皆さんわかっていただきたいですね。宮本さんのファンになりましたよ。「人に会えば明日が変わる」の残間さんの本も今読み返してます。私もあの人に会えて良かったと言われるように自分の出来ることから始めます。ウィルビーとどよう楽市のリスナーさん達で何か出来ることがありませんかね?本当にこちらへのコメントは優しいですね。

明日は、残間さんの誕生日ですね。残間さんにとっても忘れられない誕生日となるでしょうが、何かが変わる東京から生み出そうとする力をブログから伝わります。残間さんも一人じゃないし、私も一人じゃない、手をつないで行きましょう。

どよう楽市、お疲れ様でした。
仙台では、数分前に大きな揺れがあり、あわてました。
番組は、生活情報に変更になっていたので、
ライブストリーミングで聴かせていただきました。
最後まで、放送が出来て本当に良かったです。
残間さんのメッセージ、受け取りましたよ。

残間さん、昨日の“どよう楽市”からもたくさんの贈りものをいただきました。本当にありがとうございました。中島みゆきさんの“時代”はとても好きな曲でしたが、昨日聴いていたら自然に涙が溢れてきました。改めて大好きな歌になりました。残間さんがおっしゃった「これからもずっと人と会っていたい」という言葉にたくさんの思いを感じました。私も人との繋がりをさらに大事にしていきたいなと思います。残間さん、どうかご自分の体も大切になさってくださいね。残間さんのご活躍を祈っております。残間さんにお礼が伝えたくて昨日と今日だけブログにお邪魔しました。残間さんに感謝を込めて。

残間様

4年間お疲れさまでした。最後の最後はしっかりと聞くことが出来ました。「時代」は心に響く曲ですね。
何か1つが終わると言うことは次に新たな何かが始まるということだと理解し、期待したいと思います。

残間さん、こんにちは。昨日のどよう楽市を拝聴しました。たまたま休日出勤した私は一人で、地震は恐いし、ラジオを聞いていました。すると、残間さんの番組が始まり、それも最終回でした。なんという、偶然でしょうか。最後の中島みゆきさんの「時代」を口ずさみながら、涙が出そうでした。もっと、以前から聞いていれば良かったと思いました。

この災害後、ガソリンの不足、計画停電などが起こりました。私も、車から自転車へ、情報収集にPCやテレビからラジオを利用することが増えました。昔に戻った感じです。しかし、久しぶりに、自転車で走る時の風には沈丁花の香りがしました。そして、ラジオからの声には人の温かみを感じました。(被災地の皆様、のんきなこと書いていて失礼します)

これらのことを機会に、自分の生活やあり方を見直そうと思いました。

残間さん、4年間、お疲れ様でした。

「どよう楽市」の放送、お疲れさまでした。

4年間、楽しく聴かせて頂いていましたが、最後の放送がこんな形でずっとずっと記憶に残る放送になるとは・・・

昨日の放送を録音したものを、今日は一人静かに聴いています。

残間さん、そして「どよう楽市」で繋がっていた方からたくさんの事を教えて頂きました。
これからの生き方に参考にさせて頂きます。

「どよう楽市」は、私の心に大きな力を注いでくれました。
本当にありがとうございました!

亡くなった父が大好きなラジオ番組でした。

父の死後も常にそばではラジオが流れていました。

まさか終わってしまうとは思わなかったので、

一生懸命聴きました。

初めての投稿です。

これからはブログで残間さんのお話を楽しみにしています。

「時代」があんなに美しい曲だと、

初めて気づいた瞬間でした。

ありがとうございます。

残間さん、宮本さん、スタッフの方々、お疲れさまでした。
 先週が最終回と聴いていたので、きょうの朝、聴きなれたテーマ曲が流れてきた時は感動しました。
 12日の公開放送は前日の11日の仕事を終えてから最終の新幹線で東京へ行き、インターネットカフェのお泊りに挑戦しようと計画していました。が、新幹線が新大阪までしか走っておらず、翌日新大阪を出ても7時半にまにあうとも思えなかったので、泣く泣く断念しました。

 残間さんにぜひお会いしたかったのに。
 
 しかし、きょうの放送で、「残間さんにひとこと」のコーナー、残間さんのてきぱきしたお答に、「青竹を割ったような」すがすがしい感動をいただきました。

 「滅入った時は、人のいるところに出かける」、さっそく実践したいと思います。

 これからのご活躍にも期待しております!

「どよう楽市」の千秋楽には、小さないっぱいの偶然
(奇跡)があったのですね。残間さんのブログで舞台裏を知り、新たな感動と歴史的な放送に立ち会えた、感動と感謝でいっぱいです。有難うございました。
確実に「どよう楽市」とウィルビーの切れる事のない、強い絆は出来ました。皆で育てていきましょう。

震災から9日目、ニュースを見るたび、悲しいにつけ嬉
しいにつけ、涙、涙、涙腺が壊れてしまいました。
さっきのニュースで80歳のおばあさんと16歳の孫が助け出されたとの事。
突然、尾崎豊の歌が聴きたくなりました。歳がいも無く、大好きなのです。”Ilove you ”を聴いて涙がとまりません。「。。。優しさ持ち寄り。。。」
恋人たちの歌だけど、今なぜか心にしみます。
 
残間さん、絶対に強く太く長く「棲息」して下さい。
お願いします。そのためには、睡眠と休養を是非もう少しお取り下さいませ。

今夜も、満月に近いスーパームーンが現れました。
地球と月との間柄をこのように親密に感じたことはありません。
皮肉なことですが、このスーパームーンのおかげで、地球と月が最も距離を縮めて、相互の引力を最高度に高めて、あの津波の何割かを増大させたのでしょうか?
静かに美しく語りかけてくれるこのスーパームーンは、地球上の途方もない大惨事にも関わらず、いつもと変わらな透明な優しい表情です。

お誕生日おめでとうございます♪
ぐるっとひと回りして、今日からまた新しい船出ですね。
この航海が素晴らしいものとなりますように☆

「人と会うと明日が変わる」、今、母が読んでおります。

 4年間の番組お疲れ様でした。また大変な時に最後を迎えてしまって・・・何かの因縁ですかねー。今回の災害は余りに被害が甚大で凄惨ですね。しかし日本人は強いです、必ず復興させましょう。唯一の心配は原発ですが世界中の専門家の英知を注いで解決してもらいたいです。あの原発はアメリカ製だそうですし、原発を推進してきた現野党第1党の皆さんも自ら手をあげて力を注いで欲しいです。自民党総裁は入閣を拒否したそうですが首相経験者全員集まって「特命担当チーム」でも作ってやって欲しいですね。

 今回の東日本の災害に対して沖縄の皆さんが大変心配されていて募金や物資援助も活発にして下さっているとの事。基地問題では政府の責任にして意見も声もあげられない俺達のために・・・シンディ・ローパーさんのチャリティライブにも感服しました。「日本好き」がリップサービビスでなかったのが解りました。

 今回の災害は日本中にショックを与えましたが、「雨降って地固まる」にしたいものです。戦後復興をもう一度やるつもりで。亡くなった皆さんのためにも「REーBORN
」させましょう。

残間さん、NHK のスタッフの皆さん、お疲れ様でした。そして、毎回楽しく聴く者との一体感ある番組有難うございました。僕は、公開番組と最終回わざと、聴きませんでした。なぜ?それは 僕自身の心の深奥に大きな悲しみを永く永く永く残し孤高感が強く残りそれに、堪えるだけの力が今の自分に無いからです。 でも、これから、残間さんや、アナウンサーのみなさんの御活躍、ラジオ等で、拝聴した時はまた、楽しく聴かせて貰いますよ。 同時代を生き抜いて来た僕たちは何時までも、仲間ですものね。 クラブ・ウイルビーのメンバーとして、共に楽しく温かく、はんなりと、大人の役割を模索して、やって行きましょうね。お疲れさまでしたそして、有難う。

里江子 様

祝??歳 クラブ/メンバーとしてお祝い申し上げます。

これから仕事、行ってきます。

里江子 様

祝??歳 クラブ/メンバーとしてお祝い申し上げます。

これから仕事、行ってきます。

お誕生日おめでとうございます!
ある日ふと知った「どよう楽市」。上田アナの頃から、楽しみに聞いていました。
残間さんの小気味良い会話が気持ち良かったです。
そして、時に会話がかぶって聞きにくなと思っていた(失礼しました)この番組が終わると知った時はとても残念でした。楽しみが一つ減ってしまう・・・。
4年間ありがとうございました。

番組に参加したこともなく、今日初めてここにお邪魔しましたら、今日が残間さんのお誕生日と知り、お祝いを申し上げたくなりました。
「人と会うと明日が変わる」というご本が発行されましたが、私が残間さんに出会って欲しい方が一人います。
イエス・キリストです。私が出会って変わった方です。
宗教勧誘のようで申し訳ないのですが、絶対に出会って損のない方です。信仰がなくても知っていれば「光」を与えられる時があるのではないかと思えます。
残間さんのような方に出会って頂きたい方です。

この3月で40年間牧会した教会の牧師が引退されますが、絶対に忘れられない引退の年になるとおっしゃっていました。そして私たち信徒にとっても。
残間さんの「どよう楽市」も奇跡の中で放送された忘れられない番組になると思います。
人間の歴史に介入される神を信じる者より。

そして、地震の被災者の方、原発施設に携わっている方、この日本のために、この状況が良くなるようにお祈り致します。
従妹のご主人のお母さんが津波に流されました。。。

祝、誕生日おめでとうございます。
どよう楽市、楽しいく聞かせていたきまた公開録画を
放送されるよおにホームぺージ投稿したいと思います。

又残間さんの元気なお声きける日を待ってます。

お体ご自愛のほどを。q7m2eb

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フォトアルバム

5月16日(水)

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開業間近の「東京スカイツリー」を見上げる。

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江戸の四季をモチーフにしたというエレベーターの内装。

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真新しいユニフォームを着たスタッフ。

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340mの高さから下を覗く。

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地上451.2mから眺める景色。

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最高到達地点「ソラカラポイント」にて1枚。



5月11日(金)

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打ち上げ会場での「虎姫一座」



5月8日(火)

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昭和のスターたちを支えた「花やしき少女歌劇団」(小・中学生の少女たちで結成された)

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浅草のランドマーク「浅草公会堂」



5月6日(日)

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手足とも緑色に。



5月5日(土)

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手際よく芝の手入れをする学生。

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雄大な八ヶ岳連峰を仰ぐ。

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花の直売店。

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熱気球体験も人気。

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野菜の直売所(他に乳製品の直売所もある)

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「諏訪大社御柱祭」で曳行されたご神木。



5月3日(木)

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2キロの蕗の皮。

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虎姫一座+サエラの「公会堂で逢いましょうin浅草」稽古風景(5月11日18:30より浅草公会堂で開催)

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熱心に指導をする大里プロデューサー。



4月30日(月)

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港区コミュニティバス「ちぃばす」初体験。



4月29日(日)

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法話室にて、僧侶と。



4月21日(土)

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神楽坂・毘沙門天で、しめやかに営まれた。

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品川駅近くで見つけた、名残の桜。その1

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その2



4月18日(水)

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1986年に公開を始めた「窯のある広場・資料館」

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施設を案内してくださった、辻館長。



4月15日(日)

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初めて搭乗した「スターフライヤー」

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楽屋を訪ねてくださった、田島元通さんのお父さんと。

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「いろはクラブ」のみなさんが楽屋に用意してくれた、郷土のお菓子と柏餅。



4月7日(土)

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茅山荘の坐禅会。インド、ブラジルから帰ったばかりの藤田一照さん。

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お花見をするニシダさんと母。



4月6日(金)

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加賀乙彦先生とツーショット。

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willbeメンバーに囲まれた加賀先生。



4月4日(水)

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試食会で、ファミマスタッフと。手の中には、秘密のデザート(5月中旬発売予定)



4月3日(火)

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霞ヶ関ビル1階に飾られていた、桜の生け花。



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
イースト・プレス
【価格】
1,470円

引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
日本経済新聞出版社
【価格】
1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。