3/29(火)桜の花が咲き始めたせいだろうか......。

icon_zamma.jpg3月29日(火)24時18分

何度もパソコンに向かうのだが、
何も書けなくなってしまった。


さっきまで仕事関係の人たちと、
震災後初めての、
打ち合わせを兼ねての会食会があり、
それはそれでとてもいい会だったし、
午前中にも、
震災後延期となっていた会議が再開され、
それもとてもいい雰囲気だった。

帰宅した時には、
久しぶりに晴れやかな気持ちになっていたのに、
自分でもわけが分からないのだが、
急に空しさでいっぱいになってしまったのだ。

「被災した人たちを思えば......」と、
いうのが日々の行動指針になり、
何かに耐えたり、
何かを諦めたりするのも、
至極当然だと思っているし、
節電、節水もすっかり身についてきたし、
今日のサッカー試合も含めて、
日本中に広がっている支援の輪に、
感動もしているのだが、
何故か不意に気持ちが沈んで来たのだ。

こんなところでたじろいだり、
沈んだりしている場合ではないじゃないか、
と思いながら、
同時に、
そんな自分が許せなくなりそうなのである。

確たる理由はみつからないのだが、
強いて言えば、
夕暮れ間近に事務所の裏手の、
青山墓地に続く道を通りかかった時、
桜のつぼみがほころんでいるのを見たあたりから、
虚無の波が押し寄せて来たような気がする。

去年の桜の頃はああだった......。
来年の桜が咲く頃にはこうありたい......。
毎年この季節になると、
私を奮い立たせてくれた桜。
散リ行く姿に我が身を重ねて、
その先の1年のやるべきことを定めたものだが、
今年は自分のことなど考えられない。

..........ということで、
今夜は沈んだままでいたいし、
沈んでいた方がいいような気がするので、
ここでPCを閉じさせていただこうと思う。

明日は、
また元気になっていますので......。

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コメント(23)

昨秋大切な私のすべてといっていいひとをなくし、
今回この世の果てを見てより、毎日の読経に祈りを
共に捧げています。
今朝開いた残間さんの日記、同年代として頷けました。
もう経済でも仕事でもないものを、今目の前に突きつけ
られている私たち。命、死、その果てを眼前させられた
のですから。これから日本は精神的にとても難しい時代
を迎えると思います。それは、これまで余りにイージー
でありすぎたことへのつけなのでしょう。
それを残間さんはこれまでのお立場から感じていらっ
しゃる、正直思いました。

死は人間の閾を越えたもの、それを昨秋感じた私。
そう簡単には語れないものなのだと思います。ひとが
どうこうできるものではない。もう定められたもの
宇宙の定理として。残間さんのブログで時折出てくる
死を読む度、こんな安易なものじゃないと感じていた
のです。

そのことを今回突きつけられ、いつ自分も、そんな不安
と恐怖に皆が陥っている。こんな時こそ残間さんからは
ゆっくりでいい、大震災後、死と向き合ってしまった
私たちがこれから如何に生きるか。特に難しいであろう
若者、そして私たちのそれを旗振りしていただきたい。
そう思っております。
ゆっくりでいい、過程をそれぞれ経ながら。それは世界
への旗振りでもあると思います。唯一の被爆国、類を
見ない地震国として生きる生き方を示す。
どうぞよろしくお願い致します。

きのうの(デパートの屋上)の文字に。
昔です。
新宿の三越だったか伊勢丹だったか
屋上でみたアシカをふとおもいだされました。
小さなプール(だったとおもいます)
バシャバシャと水をはね上げ撒きき散らし
こどもの歓声のなか泳ぎ回っていた記憶の彼方のアシカ。
それは一家上京自分が小学校あがるかどうか
もう半世紀を十分に過ぎた昔でした。
それから何処へ来たのか。
いま何処にいるのか。
「被災した人たちを思えば......」
日常のなか
じぶんは何被害を受けたわけではないじぶん
ただいつもどこかに
(虚無の波)も(明日咲く桜)も
あとは感受しつづけて
明日何処にいようとするか
とおもいました。

 こんにちわ。多くの人がそんな気持ちかも知れませんよ。俺自身も被災地の方達の心配する一方、これから長期に渡って悪化するであろう景気を案じて一刻も早く再就職しなくてはと少々焦り出しております。今回の災害は被災地以外の人達にも大きな傷と痛みを与えてしまいましたね。

 あまりに広大な被害地域、不明者のおびただしい数、限りのない瓦礫の山、復興に費やされる国の財源、終息する見込みのない原発の事など考えると気の遠くなる様な作業が待ち受けています。気が重くなりますね。

 でも無念にも亡くなられた多くの人達の為にもこの命は無駄にしたくないですね。言葉は悪いけどこれを「国を生まれ変わらせる」転機と捉えたいです。エネルギー問題を初め棚上げしながら何とかやってきた問題を解決する時期かと思われます。政治家に丸投げでなく今回の被災地支援の様に一人一人が参画して意思を示していきたい物です。子供達に「遺物」を残さないで「生まれてきて良かった」と言ってもらえる社会にしましょうよ!!!

自然自身は過去を振り返らないから、まるで何事もなかったように暖かい春になりますね。あの無関心さはある時はほっとさせるけど、ある時は残酷そのもののように思えます。まるで人間に牙など向けたこともなく、関わりございませんというような顔。人間は過去を振り返って現在を考えるから、自然のようにいつも前に向かって行けない気がします。でもまた自然がなければい生きていけないような、救いがないような気も。自然はいろんな顔をみせますね。残間さんを思って今日はたくさん飲んでカラオケに・・、とはならずに老人同士の足元あぶない送別会です。中島みゆきが恋しくなります。

里江子さんへ

いろいろ考えるとつらい毎日ですね。それでも時間は過ぎ人はそれぞれに「時」に背中を押されて進んでいます。
桜の時期にはいつも前向きに物事を考えられて 私でもなにかできる!ううん 何かやろう!ってわくわくすることのできる季節でした。

家族のことでも震災以来気遣うことが多くて 気が付けば
何かを考えることもなく 毎日「時」に押されていただけのように思います。
まだ先のように思っていたのに今年も桜の季節なんですね。いつもの年のように桜に元気づけられて 前向きな気持ちになれたらいいのにと願うばかりです。
そしていつもの年のように主人とお花見を楽しめる気持ちを取り戻したいです。

”急に空しさでいっぱい・・・”
”何故か不意に気持ちが沈んで・・・”
今、多くの人がそんな気持ちを抱えて、成す術もなく、鬱々と過ごしていると思います。
心ここにあらず、というのか、何をしても熱中出来ないし
楽しめないし、忘れ物をしたり、記憶がとんだり、ボーとしたり、不意に涙がでたり。

”そんな自分が許せない”
残間さん、どうぞ許してあげて下さい。今まで、お忙し過ぎたし、人の為、ご自分を顧みず尽くされてきました。
今は、思いっきりご自分を甘やかして抱きしめて下さい。
”虚無の波”に身を沈めて、タイムーテーブルも時間も忘れて、時間の許す限りボーとお過ごし下さい。
次のステップに踏み出す為に、いっぱい充電して下さい。

桜は春を告げる希望の花、日本の象徴の花です。
その類のない華やかさ故、この春は眺めるのがつらいです。桜を愛でる心の余裕はありません。
毎朝のウオーキングで、桜が見事な公園を通ります。
例年なら、心ウキウキ楽しみで足取りも軽く。。。
今年はうらめしくて、視線を反らして足早に通り過ぎます。

このままではいけない事、百も承知しています。
たかしさんの「生まれてきて良かった」と言える社会をどうしても創り上げていかねばと、強く思います。
5月には、3人目の孫も生まれます。
子孫の為に、力の限り尽くして行きたいと思います。

こんにちは。
先ほど、職場近くの小学校の桜の木を眺め
何故だか、心臓がキュッと痛み涙ぐみそうになりました。

残間さんのブログを読んで、
「同じだ・・・・」と、思って実は少しホットしました。
気持ちのテンションが、今一つ上がらないんです。


実は、地震のあと娘のお腹にいた赤ちゃんの心臓が止まってしまったのです。
地震が原因でないにせよ、悲しく切ない想いでいっぱいになりました。

娘は、「せめてお腹を痛めて産んであげることしかできない」と言って、辛い時間に耐えました。

小さな小さな骨壺が、悲しすぎる現実です。

本当だったら、涙をいっぱい流して悲しむ出来事なのに
心のどこかで『我慢』している私がいるのです・・。

苦しいのですが、何度も『深呼吸』をして
時間の経過を待っています。

桜が咲いて、次には新緑が香り、そして夏の日差しが!
心もそうやって次のプロセスへ移行できると
信じています (^0^

自粛、脱力感の中、街の灯りも節電となり…何時までこの状況が続くのだろうか?と、言ってばかりは、いられなくなっている。残間さんも、かなりお疲れだろうと思います。私の周りだっていつも、元気印の人でさえ、疲れが出て来ています。それじゃあいけないと、東京から元気出しましょうと、例えば行きつけのお店、美容室、飲食店、スーパー、雑貨屋、アーティスト、整骨院、…お互い、「あの店を使ってあげてね。あの人は、ギタリストだから、イベントあったら、声かけてあげてね。…残間里江子さんの『人に会うと明日が変わる』もう、読んだ?いいよ!…」などと、お互いに声を掛け合い東京から頑張って行こうと言ってます。このまま、自粛ムードで居続けることで、助けたくても協力したくても出来なくなってしまう。野菜問題も、農家の方々を応援したいの声も上がり始めましたね。東京も、知らない人同士も声を掛け合うようになりましたね。残間さんのブログからつながる輪もかなり大きな輪になったと思います。

残間様
    とにかく、暫しの間お休みください。

ブログは..その気持ちになられた時から始めてみては。

無駄に時間を過ごす事も偶には必要ではないかと思います。
    
     無駄が栄養になる事もあります。

残間様のお気持ちからは難しい事かも...
でも一時お忘れ下さい。

  「明日のことは、明日になってから、考えましょう」

罪悪感も持つ事は有りません.....

ゆったりと、湯船につかり、
美味しい物を食べ美味しいお酒?、
気の休まる音楽と香りに包まれてみては...♪♪。

今までは「迷ったら行かない」私でしたが、
思い切って明日から上京します、この目で現実も見ます。

孫が「ホテルの部屋はトリプルにしてその分寄付にするね」
この時勢、子供達も、其処から学ぶ事もあります。

不眠不休で、原発に携わって居られる方々、
被爆された方.....御免なさい。
被災地のボランッティアの皆さまに感謝の気持ちです。

心から、お礼申し上げます。

>今年は自分のことなど考えられない
今、多くの方が同じ気持ちを抱えていると思います。
地震、津波、原発事故のトリプル災害、さらに経済状況の悪化が懸念され、この国はどうなるのか?
そして、被災地の方々、原発事故の収束をさせようと懸命の作業をしている人たちの事、愛情こめて育てた野菜、牛乳を廃棄せざるを得ない人・・・そんな人たちの事を考えて何も出来ない無力感を感じている人も多いと思います。
この国の人たちが、このように同じ思いを抱えながら、何が出来るか自問しながら、日々を送るという事は今まであっただろうか?とも考えます。

でも、桜は咲きます。
私も遠い昔、父との突然の別れの時、未だ6ヶ月だった娘をおんぶしながら「草は踏みつけられていても、こうやって生きている・・・」と涙があふれた事があります。
今はただ、一日一日を祈りながら送ること、次世代の人たちへ生まれ変わったこの国を引き継いで欲しい、そのためには私たち大人が出来ることを模索しながら出来る範囲でやって行こうと思っています。

今年はどんな桜が観れるのか?
花びらの数だけ想いを重ねたいです。

残間さん,今晩は、今は日本中の人が残間さんのような、心情の方ばかりでないでしようか・・・もうすぐ桜の季節ですね・・
忘れてました。『人と会うと明日が変わる』昨夜読み終えました。
うん・うん・同じ気持ちとうなずきながら読みました残間さんの。片腕となるいえいえ・・それ以上ベターハーフとも言えるナカヤマ様と出会えたこと・・あとがきに驚きました。免疫力が高まれば癌が消える事があるんですね。確かに友人にもいます。
読み終えた後人間は『永久欠番』(中島みゆきさんの詩)なんだだと自分なりに再認識しました。楽しく読ませてもらいました。
街も人も元気がありません。何処かの知事だった人のキャッチフレーズ!原発問題の不安・・どげんかせんとい・け・ん・と
叫びたい気持ちば~い!!!残間さん頑張れ、日本頑張れ!
(^0^)

藤沢市・武です。
先ほど仕事から帰宅。
珍しくパソコンを立ち上げました。
残間さん、本当にお疲れさまです。
この前(3月12日のNHK)はジリオラ・チンクエッティの「ナポリは恋人」をリクエストさせていただきました。
どよう楽市は終わりましたが、「土曜日」はずっと続きます。
シカゴの「サタディ・イン・ザ・パーク」を聞いて寝ます。
ボチボチ行きましょう。
変なコメントで済みません・・・

初めまして。
【どよう楽市】は昨年秋から拝聴していました。

私は、夫を亡くし、お姑さんを亡くし… この3年の間に。 そして今回の巨大地震に遭いました。
我が家は津波に免れたのですが、お墓が海沿いに在り津波でめちゃめちゃになりました。
周辺の家々、お寺も… 瓦礫の山です。 墓石が流され骨も見当たりません。
途方にくれました。
300年の銀杏の大木も薙ぎ倒されたのです。今迄 見えなかった【海】がすぐ近くに見えました。
辺り一面 海水の匂いがしました。 「こんな所迄…津波が来たんだ…」

これからの事は、どのように?
ご住職は、避難し無事でしたが、周辺の檀家の方々は?

どなたかが漢字を換えて?
「願晴れ」ガンバレ。
心が晴れることを…祈ります〜と。

空虚から… 転換し〜
「心の中に夫や、おばあちゃんは居るんだ」と思い直し、力が漲ってきました。
私達は、ただ前に進んで行きます。

全国の皆様 ありがとうございます。

その思いは 皆 一緒です。
桜は 桜…梅は梅
仙台では、今 梅が咲いています。

同じことを同じものを見て感じたんだ。。

坂道の桜並木のつぼみ。
日曜日、それを見て同じことを感じました。

そのあと、20年前に亡くなった母のことを思い出したんですが、

「あと、3年でいいから生きたいなぁ。」

と、桜並木の横の病院の一室で言った母の顔。

それを思い出してばっかりいます。

生きている、ってそれだけで幸せなんだと教えてくれたんだ。

20年経って、今回のことでやっとわかった気がしてます。

つらいことがあっても生きている。

そこんとこが大事で、

幸せなんだと。

生きようとして生きれなかった母から今でも大事なことを教えてもらってる、生きている私。

そして、残間さんも。

残間さんのブログ、それに寄せられた、お一人お一人のコメントを、今日は、特に読み返しました。頑張れ!頑張る!の、言葉に出して見るもののそれが見えないのかも知れない。残間さんのブログのコメントへ書き込みされている皆様の素直な思いが人間らしくていいなあと感じました。ここの所、感情おさえて三週間近く過ごして来て、思いきり笑う、泣く、喜ぶ、の感情を、忘れていたような気がします。感情を、表にあらわすことは、とても大切なんですね。皆様のコメントの中にあるように、人生いろいろですね。昔は、よく自分ばかり何故こんなに不幸ばかりが?と、思いどこからあんなに涙が出るのだろうか?と、泣きじゃくりましたが、人間、ショックが大きすぎると涙も出ないのかと…。残間さんのブログと皆様のコメントを、読むのが、楽しみな、おばさんです。

さくらだといふ
春だといふ
一寸(ちょっと)、お待ち
どこかに
泣いてる人もあらうに

さくら さくら いざ舞い上がれ
とわにさんざめく光を浴びて
さらば友よ またこの場所で会おう
さくら舞い散るみちの
さくら舞い散るみちの上で

君よずっと幸せに
風にそっと歌うよ
愛は今も 愛のままで

揺れる木漏れ日 薫る桜坂
悲しみに似た 薄紅色


桜の花びらの向こうに、ひとは自分の現在・過去・未来を透かして
見つめているのですね。

残間サンは、たくさんのひとたちと出逢い、喜びや哀しみを共にして
こられたのでしょうから、その方たちへの「想い」が噴き出してしまうのを
ナニモノカが心配して、心の安全弁をふさいだのではないでしょうか。

たまにはケ セラ、セラ
Whatever will be,will beで。

そしてまたいつもの残間サンに戻って、
「スカーレット・オハラ」して下さい。

私には南青山がある…

ポニョも「オハラ・ショースケ」してがんばります笑。


今日は忙しかったので、さっきブログを読んでコメントして
みなさんの書き込みを読ませていただいているのですが…

はるサン。
お察しいたします。
文末の絵文字を拝見して
涙がこぼれました…

娘さん本当に偉いと思います。

…ぼくは赤ちゃんが災害を和らげてくれたんだと思います。

…名前をつけてあげて下さいね。

残間さんと同じように空っぽな自分がいます。被災地で懸命に暮らしている方々や大切な人を亡くされた方々を思えば…私の家族に起きたこの一年の変化は些細な出来事で、家族4人の居場所は別々になったとは言え皆生きています。有り難いことです。心をどこかに置き忘れてしまった父、体の半分が不自由になった母、孫とひ孫が住む土地を大津波が襲ったことを知らない祖母‥家族の当たり前で穏やかな生活はこの1年で様変わりしました。立て続けに起こる家族の変化に当然私の立場も役目も去年の桜の季節とは全く別なものになりました。この1年強く張り詰めていた私の気力の糸は震災によって切れてしまったようで‥やるせない気持ちがどこからともなくこみ上げてきます……。でも、でもすべては生きているからこその感情や感覚なんですよね。だから弱くて情けない自分も認めて、こんな自分にも役目があり生かされていることに感謝しなければ、震災で苦労されているたくさんの方々に申し訳ないと言い聞かせています。桜の花を愛でる自分をひとりでも多くの人が愛おしむことができる春になりますように。

 残間さんの桜のつぼみを見たあたりからの虚無感は、どよう楽市の終わりを聞いた私のようです。更に、追い打ちをかけるような大震災。ひと月以上頭が回らず真面な文章が書けず、下手の横好きの短歌や俳句も詠めませんでした。
 でも、最近、「無から始まった宇宙。失ったものが大きい程新しい何かが生まれる可能性が有る筈。」と、少し元気が出てきたようです。
 日本の伝統文化や芸術は四季が育てたと言いますが、四季には優しさだけでなく厳しさもあり、そこで育った私達です。だから、大丈夫!
 少し休んだ後の残間さんの復活や被災地の復興を信じる事が出来ます。

 

はるさん、貴女の最後の絵文字に涙がこぼれた・・・ひとりです。でも・・読んだすぐには、お慰めする言葉がみつからなかったんです。
でも、りんごさんのメールでいい言葉に出会いました。
はるさん!娘さん!『願晴れ』ガンバレ(^0^)笑顔です。

*齊藤 ポニョさん
*akaneさん

心にかけて下さって本当にありがとうございました。

赤ちゃんは男のだったので「翠(みどり)」と名付けたそうです。
羽が生えて、天国まで飛んで行けるようにとの思いが込められたのだそうです。

私も「ミー君」と呼び、」毎朝お地蔵様に手をわせています。

しばらく重い気持ちが続きましたが、
『日本を元気に』という思いに自然と一緒に慣れてきました。

前に進む、事だと思っています。
残間さんのおっしゃる通り,「人に会って明日を変えて行こう」と思っています。

私達にできる事、いっぱいいっぱいあり、それは実はこれからにの私達の希望の道なのかもしれません。

It's much eiaesr to understand when you put it that way!

CbMzgy njxzmtvmrwzp

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フォトアルバム

5月16日(水)

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開業間近の「東京スカイツリー」を見上げる。

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江戸の四季をモチーフにしたというエレベーターの内装。

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真新しいユニフォームを着たスタッフ。

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340mの高さから下を覗く。

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地上451.2mから眺める景色。

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最高到達地点「ソラカラポイント」にて1枚。



5月11日(金)

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打ち上げ会場での「虎姫一座」



5月8日(火)

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昭和のスターたちを支えた「花やしき少女歌劇団」(小・中学生の少女たちで結成された)

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浅草のランドマーク「浅草公会堂」



5月6日(日)

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手足とも緑色に。



5月5日(土)

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手際よく芝の手入れをする学生。

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雄大な八ヶ岳連峰を仰ぐ。

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花の直売店。

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熱気球体験も人気。

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野菜の直売所(他に乳製品の直売所もある)

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「諏訪大社御柱祭」で曳行されたご神木。



5月3日(木)

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2キロの蕗の皮。

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虎姫一座+サエラの「公会堂で逢いましょうin浅草」稽古風景(5月11日18:30より浅草公会堂で開催)

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熱心に指導をする大里プロデューサー。



4月30日(月)

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港区コミュニティバス「ちぃばす」初体験。



4月29日(日)

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法話室にて、僧侶と。



4月21日(土)

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神楽坂・毘沙門天で、しめやかに営まれた。

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品川駅近くで見つけた、名残の桜。その1

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その2



4月18日(水)

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1986年に公開を始めた「窯のある広場・資料館」

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施設を案内してくださった、辻館長。



4月15日(日)

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初めて搭乗した「スターフライヤー」

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楽屋を訪ねてくださった、田島元通さんのお父さんと。

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「いろはクラブ」のみなさんが楽屋に用意してくれた、郷土のお菓子と柏餅。



4月7日(土)

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茅山荘の坐禅会。インド、ブラジルから帰ったばかりの藤田一照さん。

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お花見をするニシダさんと母。



4月6日(金)

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加賀乙彦先生とツーショット。

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willbeメンバーに囲まれた加賀先生。



4月4日(水)

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試食会で、ファミマスタッフと。手の中には、秘密のデザート(5月中旬発売予定)



4月3日(火)

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霞ヶ関ビル1階に飾られていた、桜の生け花。



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
イースト・プレス
【価格】
1,470円

引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
日本経済新聞出版社
【価格】
1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。