6/29(水)何だか、2日ぐらい経ったみたいな気がする。

icon_zamma.jpg6月29日(水)24時41分

昨日、
家を出ていったと同じ時間に、
家に帰って来た。

昨日の午後9時から、
今日の午後9時までの24時間。
いやぁ〜長かった!

今朝5時に三宅島に着いて、
仮眠をとるためのホテルで、
皆さんからのコメントを読んだら、
(スマートフォンで見たのは初めて)
何故三宅島に行くのかを、
書いていなかったことに気づいた。

三宅島に行ったのは、
「皇室の20世紀」の第39巻、
「『祈りの旅』の全記録」の取材で、
三宅島の高齢者支援センター「あじさいの里」の、
水原光夫施設長を訪ねたのである。

水原さんは2000年の三宅島噴火で被災し、
都内の桐ヶ丘支援センターに避難していた時、
天皇皇后両陛下に元気づけられ、
その後両陛下が三宅島をご訪問になった時にも、
お会いしているという人だ。

三宅島大噴火は、
群発地震が発生したのが6月26日、
8月18日には三宅島の雄山の山頂付近から、
上空15000mもの噴煙が吹き上がり、
火山弾が住宅地にまで落下。
続いて29日の噴火では、
火砕流が海まで達したため、
9月2日に全島民に避難命令が下りたのであった。

4000人もの島民が船に乗って、
東京都あきる野市や多摩市、江東区、
北区などに避難し、
4年5ヶ月という長期間、
島には帰れなかったのである。

両陛下は、
水原さんと会われた2回のご訪問だけでなく、
島民が避難している都内の避難所4ヶ所にも行かれ、
さらには漁業関係者が避難していた、
静岡県下田市にも出向かれたのだという。
(「東日本大震災」でも何度も行かれていますよね)

取材は、
わずか1時間ぐらいのもので、
それなりのお話は伺えたのだが、
今回の三宅島訪問で、
一番ショックだったことは、
(大噴火の頃に比べれば大分収まってきたとはいえ)
未だに噴火活動が続いており、
火山ガスが放出され続けているという現実を、
知らないでいた、
私の「不明」(事理に暗く、識見がないこと)が、
何よりもショックだった。

まさに、
「東日本大震災」と重なることが多いのに、
今もガスが出ているという実態を、
知らないでいたのかと思うと、
私の情報収集術もいい加減なものだと、
深く反省した。

明日は仙台で「東日本大震災の復興」を、
テーマにしたシンポジウムに、
パネリストとして参加することになっていたので、
どうしても今日中に帰京しなければならず、
気象情報には敏感になっていたのだが、
まさか、火山ガスが、
これだけ交通機関に影響を与えているとは、
思ってもみなかったのである。
(飛行機の5割が欠航になるのも、
超高速ジェット船が欠航になるのも、
悪天候(風雨が強いなど)のせいだとばかり、
思っていたのだった)

午前5時に三宅島に着いた時、
空は晴れ渡っていたので、
「これなら帰りは飛行機で帰れますね」などと、
小学館の恩田編集長と話していたのだが、
その会話を聞いていたタクシーの運転手さんは、
「今日は99.999パーセント、飛びませんよ」と、
自信たっぷりに言ったのだった。
(明日のシンポジウムの下調べなどがあって、
出来れば一刻も早く帰京したかったので、
飛行機もジェット船も、
押さえてもらっていたのである)

「えっ?だってこんなにお天気がいいのに?」
「天気じゃないんだよ。火山ガスのせいだよ。
三宅島の噴火は世界でも類をみないほど、
大量の火山ガスが出ているんですよ。
今も山頂付近は立ち入り禁止ですからね」
(それで、飛行機も「ガスマスク着用」となっていたのか)

そうこうするうちに、
ジェット船も欠航になったので、
へリコミューターで八丈島か大島に行って、
そこから飛行機で東京に帰ろうということになったのだが、
(八丈島からは調布行きのセスナもあるというし)
これが全部満員なのだという。

結局、乗ってきた「さるびあ丸」で、
帰るしかないとの結論になり、
再度ホテルに戻って、
昼食後に港に移動しようということになったのである。
(北側と南側のどちらの港から出港するかも、
2時間前にならないと判らないのだ)

行きの船では、
部屋に落ち着いたら24時近くで、
すぐに横にはなったのだが、
明け方、揺れがひどく、
眠ったのは3時間程度だったように思う。

仮眠所ホテルでは30分程度、
帰りの船で2時間と細切れに寝たせいで、
寝たのか寝ないのかよく解らないまま、
時間ばかりが経ち、
気分としては2日くらい経った感じだ。
(酔い止め薬のせいで、
頭がずっとボ〜ッとしていたことも関係あるかも)

時間はたっぷりあったのに、
お土産品ひとつ買えなかった。
仮眠したホテルは、
釣り人の宿泊所になっているようで、
売店にあったのは釣り用品だけ。
100円の網が売られていて、
ジャガイモや玉葱を入れるにいいかと思ったが、
誰が見ても釣り用だと判るので、
(ナカヤマに買おうかと迷ったのだが)やめにした。

三宅島の港にも(少なくとも三池港には何もない)
さるびあ丸にも売店はなく、
帰京してから竹芝桟橋にある、
「愛らんど」という売店(兼食堂)で、
買って帰る人が多いという話にも頷ける。
(私は、行きに竹芝桟橋に早く着いたので、
この「愛らんど」に入ってハイボールを頼んだら、
「都会の生活に疲れた女が、一人淋しく島に帰る」
とでも思われたのか、
お店の人から「よかったら、これ食べませんか?」と、
小鉢に入った明日葉のおひたしをくれたのだった)


.....というわけで、
13時間船に乗っていたせいで、
今こうしていても、
身体がユラユラ揺れているのだが、
何故か眠くはないのである。

考えてみたら、
細切れとは言うものの、
昨日から今日まで合計5時間半は寝ているのだから、
いつもよりは休んでいるのである。

さて、
これから、明日の下調べだ。
我が故郷は、
少しは元気になっただろうか。

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コメント(3)

おはよーございます♪長旅ご苦労様でした!さらに今日は宮城ですかー!がんばって下さい。くれぐれも体調にはお気をつけくださいね。暑い、本当に暑いが続いていますので。
私もリエコ様の足元にも及ばないのですが、お弁当の配達70km集金に注文書を書き、その合間に突然の整体がはいり施術を2時間、そして6時から大宮で高校の校長先生を含む事務部長や教頭先生などなどの関係者と同窓会の役員の会合へ。私は未だに一番若い?しかも副会長のため段取りにアタフタ〜。そして店はスタッフに任せてきたので、閉店時間に遅れないように戻る、しかし二次会でヘネシーのXOを沢山いただいたおかげで、蕨を乗り越し西川口へ(汗)こんな日々が続いております。忙しいは心を亡くすなんていいますね。どんなに忙しくても真心持って人と接していきたいといつも心に誓います(^○^)
ファイト!!東北の人たちに勇気と希望を!!リエコ様がんばってください。

残間様
無事ご帰還、宜しかったですね。
(大げさのようですが、離島の場合は有るのです?)
お出かけ前に...言おうかなぁ~と、思ったのですが、
船酔い予防には!!
美味しい飲み物を嗜み..寝るに限ると(無駄が必要)。
大した船酔いで無くて本当に良かったです。

杉本さまの今朝のコメントNO1でコメントが出来ない?、
あぁ、やはりと、
何せ...昔は鳥も通わぬ、流人の島ですから、
絵島生島の、生島新五郎のお墓も有りましたね。

天皇皇后両陛下のお出ましを得て、被災された島民の方は
どれほど元気つけられたことでしょう。

残間様がその様なお役目で三宅島に行かれて居たのですね。
本当に、お疲れ様でした。

火山・噴火活動は..想像を絶しますね。
此方でも「昭和新山」一夜にして畑が盛り上がり山が!!。

今も未だ地下から白い煙が立ち昇っています。
60年経ち、生き物も、植物も新しい命が育って来ています、
被災地にも何時かこの様な現象がと希望が持てると良いですね。
今日の仙台は34.5℃の暑さですが、
引き続いての事ですから、くれぐれもお気を付け下さい。


  「感謝」の言葉
残間様の、整理学大変参考になりました。
思い切りがつきました。
これからも、参考にしながら残りの人生を歩いて行きます。

先のコメント「残間様の整理学」...
ウィルビ-の欄から、偶然!辿り着きました。
長い間、捨てきれずに悩んでいた事が...スッキリ!!。

「だらしないだけ...」まさしくそうでした。
自分に都合の良い言い訳を作って居ました★反省。

「全力疾走..」しなければ為りません。

SP
 「あしたばのお浸し」美味しかったですか?
烏骨鶏の卵はは食べませんでしたか?
明日葉は...烏骨鶏の餌だったと?思います(笑い)。

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フォトアルバム

5月16日(水)

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開業間近の「東京スカイツリー」を見上げる。

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江戸の四季をモチーフにしたというエレベーターの内装。

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真新しいユニフォームを着たスタッフ。

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340mの高さから下を覗く。

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地上451.2mから眺める景色。

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最高到達地点「ソラカラポイント」にて1枚。



5月11日(金)

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打ち上げ会場での「虎姫一座」



5月8日(火)

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昭和のスターたちを支えた「花やしき少女歌劇団」(小・中学生の少女たちで結成された)

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浅草のランドマーク「浅草公会堂」



5月6日(日)

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手足とも緑色に。



5月5日(土)

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手際よく芝の手入れをする学生。

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雄大な八ヶ岳連峰を仰ぐ。

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花の直売店。

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熱気球体験も人気。

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野菜の直売所(他に乳製品の直売所もある)

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「諏訪大社御柱祭」で曳行されたご神木。



5月3日(木)

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2キロの蕗の皮。

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虎姫一座+サエラの「公会堂で逢いましょうin浅草」稽古風景(5月11日18:30より浅草公会堂で開催)

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熱心に指導をする大里プロデューサー。



4月30日(月)

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港区コミュニティバス「ちぃばす」初体験。



4月29日(日)

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法話室にて、僧侶と。



4月21日(土)

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神楽坂・毘沙門天で、しめやかに営まれた。

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品川駅近くで見つけた、名残の桜。その1

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その2



4月18日(水)

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1986年に公開を始めた「窯のある広場・資料館」

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施設を案内してくださった、辻館長。



4月15日(日)

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初めて搭乗した「スターフライヤー」

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楽屋を訪ねてくださった、田島元通さんのお父さんと。

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「いろはクラブ」のみなさんが楽屋に用意してくれた、郷土のお菓子と柏餅。



4月7日(土)

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茅山荘の坐禅会。インド、ブラジルから帰ったばかりの藤田一照さん。

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お花見をするニシダさんと母。



4月6日(金)

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加賀乙彦先生とツーショット。

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willbeメンバーに囲まれた加賀先生。



4月4日(水)

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試食会で、ファミマスタッフと。手の中には、秘密のデザート(5月中旬発売予定)



4月3日(火)

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霞ヶ関ビル1階に飾られていた、桜の生け花。



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
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1,470円

引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
日本経済新聞出版社
【価格】
1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。