7月1日(金)28時28分
今日は7月1日。
6月1日に決めたことが、
少しずつ「緩んできた」(ルーズになってきた)
ような気がするので、
公私ともに、
「立て直し」をはかりたいと思っているのだが、
何となく調子が乗らない。
「やじおとうまこの星占い」も、
天秤座に次いで最悪だし、
朝から息子と喧嘩はするし、
急いで家を出て、
横断歩道まで来て気がついたら、
靴とバッグが合っていないし、
タクシーに乗ったら、
運転手さんに議論をふっかけられ、
降りる時に無理矢理、
「これを読めばあなたも救われます」と、
宗教本を持たされるしで、
テンションは下りっぱなしだった。
それでも、
11時に日経新聞社で、
慶大教授の竹中平蔵氏にお会いしたあたりから、
徐々に気持ちの張りが通常化してきた。
竹中氏には、
日経新聞に掲載される、
「グランフロント大阪」特集記事で、
インタビューをしたのだが、
氏の話は、
あくまで柔らかな語り口調なのに、
中身はどこまでも尖っていて、
鬱々していた私の気分を、
外界に向かって解き放ってくれた。
「このプロジェクトを成功させるには、
spikyな( 尖った)クリエイティブ・クラス(ものを創る人々)を、
如何にして集めるかにかかっていますね。
これからは海外で代替出来る労働は、
どんどん賃金が下ってきます。
特定の人にしか出来ない労働の賃金は突出します。
新しいアイディア、技術、コンテンツを、
創造できる人を集めないと、
新しい風は起こせないですよ。
そのためには誰か一人を決めて、
その人に自由に差配させるんですね。
日本人に限らず、
ましてや関西人になど限らないで、
世界中から広範な人材を集めれば、
面白いことが起こりますよ」
これは、
このプロジェクトにだけ言えることではなく、
エキスを絞り込めば、
人の生き方にも当てはまるような気がした。
人に何を言われても、
スパイキーに生きる。
毀誉褒貶などものともせず、
自分の思いを貫く強靭な精神力を持つ......。
私も常にinnovative(革新的)で、
ありたいと思いながら、
体調が思わしくなかったり、
今朝の私みたいに、
やることなすことうまくいかないと、
「もう私には新しい可能性を切り拓く力など、
残ってはいないのだ。
それならそれで突出せず、
流れに身を任せていってみようか」などと、
ついつい保守的になりがちだ。
いけない、いけない。
これでは生きている甲斐がないではないか。
東日本大震災で亡くなった方たちに、
申し訳がたたないではないか。
......そう思ってはいても、
そう簡単にスパイキーには生きられないのだが、
当面は月の初めに心身ともの定期点検をして、
緩くなったネジを締め直し、
いつでも走れる体勢だけは保持しておこうと思った。
インタビューが終わり、
せっかく日経新聞社に来たので、
かねてより見て欲しいと言われていた、
「日経ホール」の、
スペシャルトイレを見せてもらった。
男女のトイレ空間が可変し、
その日の客層によって、
女性用トイレが広くなったり、
男性用トイレが広くなったりするというトイレだ。
これまでにも新装成った日経ホールには、
何度か来たことはあったのだが、
このトイレの仕組みには気がつかなかった。
これは日経新聞社の、
杉田会長の発案なのだという。
杉田さんは奥さまと二人で、
音楽鑑賞などに行かれることが多いのだが、
休憩時間になると、
トイレに行った奥さまがなかなか戻って来なくて、
時にはホワイエでお茶でも飲もうと思っても、
いつも一人でポツンとしていたのを、
何とか改善したいと思い、
日経新聞が新社屋を建設する際、
真っ先につけた注文が、
「女性のトイレに列を作らないように!」
ということだったのだという。
(杉田さんご夫妻は小学校の同級生同士で、
杉田さんは大の愛妻家なのだ)
最初から女性用トイレを大きくする案も、
検討されたのだが、
スペース的に無理だったのと、
日経ホールは男性向けのイベントが多いと予想されたので、
温泉宿のお風呂のように、
「女性優遇」を固定することは、
出来なかったのだという。
「もし、それが出来ないならホール建設は無し!」と、
杉田さんが言ったところ、
若いスタッフが「どうせ無理でしょうけど......」と言いながら、
おずおずと出してきたのが、
「可変トイレ案」だったのだという。
かくして、
女性客の多いイベントの時は、
女性用トイレの壁を男性側に移動して、
女性トイレが広くなり、
列が外に出来ることもなくなったという次第。
そのせいか女性客をターゲットにした、
イベントも増えていて、
今や年の初めで年内の予約は一杯という、
人気ホールになっているのである。
(我がclub willbeでも来年はお借りしたいなぁ)
ホール見学のあとは、
社内食堂で杉田会長も合流しての、
遅めのランチ。
「ここは会計の時に総カロリーが出るんですよ。
僕は大体300キロカロリーに抑えているんですけど、
メニューの種類が多いので、
バラエティーに富んだ食事が出来るんですよ」
たしかに、丼物から定食、麺類、
10種類近い小鉢類や、
冷ややっこや納豆などのあっさりオカズなど、
食材の種類が多く、
毎日でも飽きない感じだった。
因に、
杉田さんはコンニャクと里芋、人参などの野菜に、
鶏の挽肉入りあんかけのかかった煮物と、
大豆の小鉢にゴボウのサラダとみそ汁。
私はミニポークカレーと、
サラダバーのサラダと大根の漬物。
(こちらもほぼ300キロカロリー)
かつて私がアナウンサーをしていた、
静岡放送もそうだったが、
こうして会長もみんなと同じテーブルで、
食事をするというのはなかなかいいもので、
隣席の4人連れの20代女性たちも、
杉田さんを極力見ないフリをしながら、
チラチラ見ていたから、
(微笑をたたえながらだから、嬉しかったのだと思う)
杉田さんが何を食べていたかは、
あっという間に広がっていることだろう。
......竹中さんとスペシャルトイレと社員食堂で、
すっかり元気になった私は、
37年ぶりに「電力使用制限令」が発動された、
灼熱の街に飛び出して行ったのである。














































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