7/31(日)いつの間にか、咳婆も一緒に帰国していました。

icon_zamma.jpg7月31日(日)31時11分

予定より少し早め、
19時50分に羽田空港に帰着した。

羽田に着陸し、
上の棚の荷物を下ろしていると、
横からじっと見ている人が......。
互いに顔を見合わすこと2,3秒、
驚きが喜びに変わった。

「いゃぁ、こんなところで」
「まぁ、お久しぶり。
こんなに近くにいたのに、
全然気づかなかったわ。
(私は「八日目の蟬」を繰り返し観ていたのだ)
で、どこに行っていたの?」
「チベットです」
「映画?」
「いえ、CMの撮影です。残間さんは?」
「敦煌に行ってたの。そうそう、......この間、
そちらもあって大変だったわねぇ。
奥方、元気にしてる?」
「いろいろお気遣いいただいて、
ありがとうございました。
丁度27日が母の命日でしたから、
標高3800メートルの山の頂で手を合わせたら、
何だか、近くにいるみたいでした。
かみさんはいつも通り、元気です。
また、家に来てください。
電話待っています」

偶然の出会いの相手は、
昨年7月27日にお母さんを亡くした、
船越英一郎さん。
うっすら日焼けして、
以前より精悍になっていた。

♥さてさて、帰宅したら、
すぐにでもブログを書きたかったのだが、
雑事に終われているうちに、
こんな時間になってしまった。

それでは、
家に帰ってからの顛末を......。

家に帰るなり、
どこかで見ていたかのように、
タイミング良く母から電話が入り、
私の帰りを待ちかねていた様子なので、
本当は先に着替えをしたり、
メイクを落としたかったのだが、
先ずは母に元気な顔を見せなければと、
青龍寺で購入したお数珠と、
胡麻くるみ菓子のお土産を持って、
部屋を訪ねた。

「元気そうでよかったわ。
あらっ、少し太ったんじゃない?」
一番言われたくないことを、
真っ先に言われてしまった。
「咳は?」
「あちらでは治りかけていたのに、
羽田に着いたら、
また1週間前に戻ってしまったの」
(そうなのだ。何故かまた、
咳が激しくなっているのである。
多分、咳婆は生まれ故郷に戻りたかったのだと思う)

鳴沙山で駱駝に乗った時の記念写真を見せると、
「まぁ、こんな優しい顔の駱駝に乗れていいわねぇ。
私もいつか乗ってみたいわ」と、
心底羨ましがっていた。

紫水晶のお数珠は、
「これ、余り長くないから、
外に食事に行く時にブレスレットとして、
腕にしていこうかしら。
お守りになっていいと思うわ」と、
とても気に入った様子。

私の部屋に戻り、
荷ほどきをしていると、息子のご帰館。
チラリと私を見て、
「えっもう帰ったの?
明日だとばかり思っていたよ」と、言って、
自室に入ってしまった。

あまりに素っ気ないので、
息子の部屋まで行って、
「親が1週間ぶりに帰って来たというのに、
その冷淡さは何なの!
もしかしたら客死していたかも知れないのよ」
と、″可愛さ余って憎さ百倍状態″の私が言うと、
「死ぬ時は東京にいたって死ぬよ。
こっちだって、地震はあるし(ホント?)
風邪はひくし......大変だったんだよ。
それに、基本的には好きで行ったんでしょ」
と、息子。
どこまでいっても可愛げのないヤツだ。

「そうだ、僕のお土産は?」
「白檀のお線香」
「......だけ?」
「そうよ。あなたの必需品でしょ。
就職すれば、
毎日お願いしなきゃいけないことばかりよ」
売り言葉に買い言葉、
私もどんどん可愛げがなくなるのだった。


荷ほどきした旅グッズを、
クリーニング屋さんに出すものと、
家で洗濯するものに仕分けし、
白もの衣料から順に洗濯機にかけ、
その間、明朝の母のお粥の準備をし、
さらにこれだけは忘れないうちにやらなければならない、
現地でいただいた資料をファイルにし、
衣料品以外の、持って行ったものを、
所定の位置に戻していたら、
この時点で、
すでに午前1時をすぎてしまった。

ブログに今回の旅の、
「総括」を書くつもりで、
デスクに向い、
キーボードを打っているうちに、
......いつの間にか、
うたた寝をしてしまったらしい。
時計を見ると、
2時25分になっていた。

何とか頑張って書こうとするのだが、
頭の中が靄がかかったような状態で、
漢字の変換さえスムーズに出来ない有り様だ。

「もう......だめだ!」
......今夜は諦めることにした。
咳止め薬を呑んで、
1週間ぶりに、
自分のベッドに横たわったら、
気を失ったように眠ってしまった。

......で、只今、午前6時、
いやいや残間時間の30時を、
過ぎてしまった。

続きは今夜、
写真と一緒にUP します。
思わせぶりですみません。

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コメント(4)

おかえりなさい!

「咳婆」は多分…
ストレスやプレッシャーなどに反応して
お顔を出すような気がしてきました

日本に帰ったら帰ったで
リエコ様を待ちわびていらした方々
もう、1週間の間に溜まったいろいろなことが…

多分、山積みになっていらっしゃるのでしょう

帰っていきなりアクセル全開されるのでなく
徐々に…暖機運転をされてからアクセルをお踏みください
さもなくば、「咳婆」がまたもや復活されますよ

それでも「中国の旅日記総集編」をたのしみにしています♪

ぼくは息子サンの気持、物凄くよくわかるなぁ。。。
20代前半の男子の母親に対する反応としては、とても正しいあり方だと思います笑
「お土産って、こんだけかよぉ~」といいつつも、
息子サン、包みを大切に、そっと机の上に乗せていると思います。
男子のキツイ言葉と行動のズレに、
女性のみなさんはぜひ、注目していただきたいですね笑
男子の気持としては、ひとり自室でお土産を手にしながら、
(ああ、無事で帰ってきてくれてよかったなぁ。忙しい中、お土産買ってきてくれて
ありがとう。。。)
とココロの中で感謝しつつ、しみじみしたいのです。
感謝しているけれども、それを言葉にするとわざとらしくなるのがイヤなのです笑
でも、言葉にしてほしいのが母親であり、さらには女性なんだな、ということに
40代後半になってやっと気づいた遅咲きポニョであります笑

このことにもう少し早く気づけば、オレの人生、もう少し何とかなったかも。。。
とひとり自室で古いラブレターを手に、しみじみ思う今日この頃であります笑

…それにしても。
「就職したら、毎日お願いしなきゃいけないことばかりよ」
には爆笑しました笑
ぼくだったら感心して、
「お母さんうまい。座布団三枚!!」
とかいってしまうかもしれません。


残間サンがいないと思うだけで淋しかった。。。
お元気で帰国されて、とてもうれしいです☆

…今だったら、瞳を見つめて満面の笑みで大きな声でちゃんといえます笑

残間さん、お帰りなさいませ。
同じ空の下でも、東京の空の下にいらっしゃるとなぜかほっと安心します。
それにしても、咳婆の粘り腰はどこかの総理大臣もびっくりですね。じっと息を潜めてしがみついていたのでしょうか。
東京と残間さんが好きなのでしょうね。余りのしたたかさに本物の婆も負けそうです。
お母様とは、さすがに以心伝心、テレパシーが働いたのでしょうね。ご一緒に色んな体験を共有して、楽しむ事が出来るのは若さの秘訣ですね。
息子様との会話は、10年前の私と息子の会話を彷彿とさせますね。ああ言えばこう言うで、互いに憎まれ口を聞く事で存在価値を認めていたような。互いに気になりながらわざとそっけなくする恋人たちの様な。
私は息子の言葉を同時変換して聞いていました。
影で二人の姉達に「毒舌クソ婆ばー」と言っているのを聞いて、「頭の良い元気なお母さん」と変換。
「おかしいんじゃないの。」と言われると、「ユニークだね」と。
 互いの目はいつも笑っている事が確認出来ましたから。

残間さん、今が一番幸せな時です。
 近い将来、一人で大きくなったような顔をして、家を出て家族を作り、母親には見せた事のない満面の笑みで妻子を見つめ、どこから出るかと思うほど甘い声で優しく話している息子様に出会う事でしょう。
「マザコン」とは無縁です。
只々、この目ざわりで気になる息子の面倒を見てくれる、ありがたいお嫁さんに感謝あるのみです。

目に見えないお疲れもあることでしょう。
まずごゆっくり休養なさいまして、「旅の総括」はその後で楽しみに致しております。

中国旅行でご一緒した野村です。その後、咳は如何ですか?気管支肺炎になたことがありますが、少しだるいくらいで咳が止まらないときは熱がなくても、用心して下さい。中国での楽しい日々を写真を見ながら思い出しています。
いかの卵巣のスープなんて食べたことなかったから驚きましたね。笑い通しの7日間、また是非行きたいですね。
あなた様と駆け下りた鳴砂山での砂の山、らくだに乗って
童心に返ったひとときよかったで~す。
しっかりカゼを直して下さい。
            ノムラユミ

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フォトアルバム

5月16日(水)

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開業間近の「東京スカイツリー」を見上げる。

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江戸の四季をモチーフにしたというエレベーターの内装。

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真新しいユニフォームを着たスタッフ。

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340mの高さから下を覗く。

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地上451.2mから眺める景色。

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最高到達地点「ソラカラポイント」にて1枚。



5月11日(金)

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打ち上げ会場での「虎姫一座」



5月8日(火)

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昭和のスターたちを支えた「花やしき少女歌劇団」(小・中学生の少女たちで結成された)

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浅草のランドマーク「浅草公会堂」



5月6日(日)

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手足とも緑色に。



5月5日(土)

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手際よく芝の手入れをする学生。

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雄大な八ヶ岳連峰を仰ぐ。

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花の直売店。

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熱気球体験も人気。

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野菜の直売所(他に乳製品の直売所もある)

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「諏訪大社御柱祭」で曳行されたご神木。



5月3日(木)

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2キロの蕗の皮。

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虎姫一座+サエラの「公会堂で逢いましょうin浅草」稽古風景(5月11日18:30より浅草公会堂で開催)

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熱心に指導をする大里プロデューサー。



4月30日(月)

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港区コミュニティバス「ちぃばす」初体験。



4月29日(日)

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法話室にて、僧侶と。



4月21日(土)

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神楽坂・毘沙門天で、しめやかに営まれた。

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品川駅近くで見つけた、名残の桜。その1

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その2



4月18日(水)

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1986年に公開を始めた「窯のある広場・資料館」

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施設を案内してくださった、辻館長。



4月15日(日)

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初めて搭乗した「スターフライヤー」

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楽屋を訪ねてくださった、田島元通さんのお父さんと。

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「いろはクラブ」のみなさんが楽屋に用意してくれた、郷土のお菓子と柏餅。



4月7日(土)

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茅山荘の坐禅会。インド、ブラジルから帰ったばかりの藤田一照さん。

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お花見をするニシダさんと母。



4月6日(金)

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加賀乙彦先生とツーショット。

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willbeメンバーに囲まれた加賀先生。



4月4日(水)

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試食会で、ファミマスタッフと。手の中には、秘密のデザート(5月中旬発売予定)



4月3日(火)

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霞ヶ関ビル1階に飾られていた、桜の生け花。



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
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1,470円

引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
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500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
日本経済新聞出版社
【価格】
1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。