9月2日(金)24時31分
第1121回
aineさん、
お心遣いありがとうございます。
あら〜古稀さんも、
お優しいフォローをありがとうございました。
介護でもお世話でも看護でも面倒でも、
何でもOKですが、
母は少しずつ、
「介護」領域が増えて来たように感じます。
いつかは私も辿る道ですから、
今からシュミレーションをしておきます。
介護する側のシュミレーションでなく、
介護される側のシュミレーションを......。
そして、
出来得る限りリアルな、
「現場レポート」をお届けします。
......ところで、
今日は出社したら、
私の机の上に封筒が置かれてあって、
中を読んだ瞬間、
aineさんのコメントをふっと思い出して、
手紙の内容とは直接関係がないのに、
「私、母の介護が出来るまで、
元気でいられるかしら」と、思った。
手紙の差出人は、
黒木瞳さんだった。
中には、
24年間黒木さんと共に仕事をしてきた、
所属事務所の社長稲垣静枝さんが急逝し、
既に近親者で密葬を執り行ったという報告と、
これまでお世話になったことへの、
御礼が述べてあった。
稲垣さんとは、
最近は黒木さんの芝居やライブを観に行った折りに、
お会いする程度だったが、
7、8年前ぐらい前には、
黒木さんの雑誌のインタビュー記事や、
トークセッションなどの時の、
インタビュアや相手役に、
私を指名してくれたことから、
仕事仲間として、
親しくさせてもらっていた。
黒木さんも魅力的だったが、
時々稲垣さんの「厳しさ」に接してみたくもなって、
私も心楽しく引き受けていた。
稲垣さんは、
多分私と同世代だと思うが、
仕事にはとても厳しく、
いかなる場合でも、
こと「黒木瞳」に、
少しでもマイナスに響くことに対しては、
決して妥協を許さない人で、
稲垣さんがいる仕事場には、
居合わせた男性関係者もピリピリするほどの、
緊張感が漂っていた。
その稲垣さんに、
最後にお会いしたのは、
7月中旬の敦煌に行く直前、
私が咳で苦しんでいた時だった。
私はタクシーに乗っていて、
道が渋滞していたため断続走行をしていた時、
ついに大きな道に出る直前で停車したら、
窓の外からトントンと、
ガラスを叩いたのが稲垣さんだった。
私が慌てて窓を開けると、
「久しぶり!」
「あらっ、ここで何をしているんですか?」
「この裏で黒木が撮影の仕事をしているのよ。元気だった?」
「いいえ、今咳がひどくて。稲垣さんはお元気そうですね。
それに何だか素敵になって......何か、いいこと、
あったんじゃありませんか?」
と、私は軽口を叩き、
稲垣さんは、
いつものように、
明るく笑っていたのだった。
急逝の原因は、
「病気」としか書かれていなかったが、
私がお会いした時には、
体調不良とは信じられないほど元気で、
いやそれどころか、
「素敵」と言ったのは本当で、
以前より若く、
美しくなっていたように思ったのだった。
何と言うか......、
やさしく、穏やかで、
女っぽくなっていたのである。
あれからまだ、
1ヶ月とちょっとしか経っていないのに、
もうこの世にいないなんて......。
夕方になって、
風の便りで「スキルス性の癌だったらしい」と、
聞こえてきたが、
あんなに元気で、あんなにエネルギッシュに、
仕事をしていた人が、と思うと、
どうしても信じられない。
「私の同志でした」と、
黒木さんは書いていたが、
「黒木瞳」という女優のバックステージに、
命がけで煌めく光を、
送り続けていた人がいたことを、
私は忘れない。














































昔、堀江しのぶという大変に可愛らしい女優がいましたが、この人もスキルス性ガンで急逝したということでした。一寸先は闇、ですか。菅笠もハル・ノートを(?)、いや、エンディング・ノートですか、を用意する気になってきました。最後通牒と最期の準備。ちょっとした違いかな。
スキルスというのはギリシャ語で「固い腫瘍」を意味するんですね。
胃壁の表面には症状が現れず、浸潤する(沁み込む)ように進行するので
発見しにくく、見つかった時には手遅れになっているケースが多いようです。
恐らく、自覚症状が出て病院に行った時にはすでに。。。
という感じで、そのため「つい最近まであんなに元気だったのに」
といういうことになってしまうのではないでしょうか。
胃ガンは男性が多いのですが、スキルス性ガンは女性が多いことから
女性ホルモンの影響が考えられているようです。
逸見政孝サンやナポレオンもこの病に倒れているようですね。
いずれにせよ、この病気に罹られたご本人もその周囲の方も
痛手は大きいと思います。
研究が進むにつれやがて治療法も確立すると思います。
亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。
仕事に打ち込み達成感を得ることは人生の大きなヨロコビであるけれど
休養を取ることとの兼ね合いがホントに難しいですね。
ただ特にココロの休養だけは、積極的に取るようにしたいと思います。
自戒を込めて。
あら〜古稀様
私が団塊世代、文字通りだとすれば、先輩世代なのですね。
優しく、さりげなく私に迄メッセージを頂きまして有難うございます。
私は品川区在中ですが、実家は南房総市千倉町に有ります。鴨川市在中の姉が毎早朝、夕方と実家詣でして呉れて
90歳の母の介護をして呉れています。(長男は居りますが)。
姉は殆ど歩けない母の両手を持って「1.2.3」と掛け声をかけて廊下を歩く訓練をしてくれています。勿論足は上がらず引き摺っていますが。
4歳しか離れていない姉ですが、施設に預けると歩けなくなるから・・・と。
昨夏、実父(96)と姑母(94)を1日違いで送り後は母だけと頑張って呉れています。
私はその姉に感謝の旅や、コンサート等を案内するだけです。
何も出来ない妹です。皆さんご立派なクラブ・ウィルビーのメンバーの皆さんの末席に、いつか加わらせて頂きたいと思います。
夢ですけどね。お優しい、あら〜古稀様にもお会いしたいです。有難うございました。
今朝、読売新聞の25面のど真ん中にあ”残間さんだ~「良き価値観呼びかけ役に」に野田総理にはなってほしいなってもらわないといけないと・・エールを贈られていると感じました。忍耐力は、有る方ですよね。長年駅前演説をこつこつされてたんですものね。ドジョウよりナマズに似てる感じがするのは私だけかな?若い内閣期待はしていますよ。管笠さま今からって時に急逝された女優さんでしたね。よく覚えています。残念でしたしご本人も無念だったでしょうね。生まれて死んで行くのはただ当たり前の通過儀礼とは言いますが・・・若くして又逆縁で亡くなるのは残された人は辛いですね。でも一寸先は闇ですもの私は現実の闇で足の指をドアにぶつけ左足がドラエモンのように腫れてます。~~;まぁ~そそっかしいだけでいつどうなるか分らないので日々の生活を大切に有意義に過ごしたいものです。
ホントだぁ。
残間サンだー。
吉永みち子サンも。
え~と。
うちの読売新聞では
12面ですねー笑
つなぎという声もありましたが
意外と粘り腰の長期政権になるかもしれませんね。
残間様
お忙しい中お眼を通して居られるのですね...嬉しいです。
そう、地方によって違うのですね..私の処は13ペ-ジです!。
☆☆☆☆☆女性識者5人 野田首相に望む....
「忘れてしまったもの?出して下さい」お願いします。
黒木瞳さんにはそんな素晴らしいお方が居られたのですね、
其処にも「調整」して下さった稲垣しず枝さまのお力が...
黒木瞳さんも、
どんなお気持ちで残間様にお知らせなさったのかと、
ご心中....どうぞお力になってあげて下さい。
心配していた台風12号...長引くみたいで困りました。
空の便も、之ばかりは慎重にして頂きたいとと思っています。
aineさん
そうでしたか、お母様90歳ご心配でしょう、
思う様にお世話出来ない、貴女のお気持ちお察しします。
お姉さまが、....良いお話をお聞きしました。
介護をしている者にとって「分かってもらえる・・・」事が、
何よりの「励み・希望」につながります。
「何人の子を一人で育てる親は居ても、一人の親を看る子共達は...」と、
なりつつ有る、残念な今日この頃です。
上げられない足を...お姉さまの気構えを感じました。
お母様に貴女方姉妹の願いが届き安らかな毎日をと、
願っています。
おついでの時にお姉さまに「必ず..が観て居られます」と。
ご自分のお体、くれぐれも大切に為さるようお伝えください。
残間様
黒木瞳さんの事は驚きました。どんなにか大切な方で有り、拠り所でも有った方でしょう。
黒木さんが宝塚を退団してもなお、お奇麗で輝いてご活躍して来られたわけが分りました。
未だお若いのに無念な事です。
稲垣さんから沢山の事を学ばれたと思います。
それらを糧に頑張って欲しと思います。
稲垣さん安らかに・・・・。
度々画面をお借りして居ります。
あら~古稀様、再三にわたり優しいお気持ちを頂き有難うございました。
今夜早速、姉に申し伝えます。元気が復活する事でしょう。
又寄らせて下さいね。私も元気を頂きました。
ウィルビー・アカデミー第一日目、無事終了しました。
残間さん、事務局の皆様、お世話になりましてありがとうございました。何の変哲もない日々の中にこのようなアカデミックな一日があると、自分が別人になったような充実感を感じます。
月尾嘉男先生、毎週木曜日TBSラジオの森本毅郎さんの番組を拝聴して、大ファンです。大田弘子さん、あれだけ理路整然と日本経済の事を深く分かりやすく解説されるお姿、格好いいですね。原研哉さん、すごい興味深いお話でデザインという分野について、目からウロコでしたね。
学生時代こんなに必死に講義を聴いたという記憶がありませんが、もう少し真面目に聞いていれば、何とかなっていたのかしら?(でも、こんなに面白く楽しくなかったような。。。)
来週第二回目が楽しみです。
夏の終わりは亡くなる方が多いような気がします。
それにしましても、癌は不治の病では無くなったとよく言われますが、やっぱり癌宣告は死刑宣告に近い恐怖を覚えます。そして周りにあまりにも多くその宣告を受けた知人がいますので、何時自分に起こっても不思議ではないと考える事もあります。
最近は義兄が”副鼻腔癌”の宣告を受け、抗がん剤治療を始めました。(手術が出来ないのです。)
会うたびに義兄の愚痴を言っていた姉が、ビックリするほど
動揺しているのを見て、改めて癌の恐さを思い知りました。 気をつければ防げるものではないし、心して一日一日を疎かにしないで過ごして行かねば、と思い知りました。