バックナンバ- 2014年4月

icon_zamma.jpg4月8日(火)
第2070回

ブログが、下記のサイトに移動しました。
新ブログ「波乱万丈、雨アラレ」はこちら
お手数をおかけしますが、ブックマークなどの変更をお願いします。

icon_zamma.jpg4月7日(月)29時14分
第2069回


明日午後12時(お昼です)に、
club will beの、
ホームページが刷新されます。
(もう今日になってしまいましたが)

4月8日は、
お釈迦さまの誕生日、
花祭りです。

ここまできたら、
(勝手に「延び延び」になっていたのですが.........)
「釈迦誕生」の瞬間に、
刷新HPをスタートさせようと思い、
何時にお産まれになったのかを調べたところ、
どうやら釈迦誕生には諸説があり、
最近の研究では、
4月8日も確たる誕生の日ではないとも、
言われいるようで、
(伝説ですからね)
結局誕生時間は不明なのでした。

我が家のお寺は、
浄土宗ですが、
(父方は曹洞宗、母方は浄土真宗でしたが)
私は必ずしも、
敬虔な仏教徒でもないので、
お釈迦さまにも、
特段の関心があるわけではないのですが、
いい機会なので調べてみたら、
お釈迦様は、
お母さんが「里帰り出産」をするために、
実家に帰る途中、
サーラという木の下で、
一休みしている時に産まれたのだそうです。

【お父さんは、
シュッドーダナ(浄飯王)という国王で、
お母さんは、
王の妃でマーヤ(摩耶)と言います。
仏教徒にとっては、
これほど高貴な名前はないので、
女の子に「摩耶」という名前をつける人が多いのだとか】

伝説では、
誕生したお釈迦様を梵天と帝釈天の2人が、
受け止め(お母さんの右脇から産まれたそうです)
2人の竜王がお釈迦様に、
甘露水を注いで清めたところ、
(このことから、
産まれたばかりのお釈迦様の仏像に、
甘茶をかける法要を「花祭り」と言います)
突如蓮の花が咲き、
その上にお釈迦様が立って、
歩き出したのだそうです。
(.........伝説ですから)

お釈迦様は、
7歩歩いたところで立ち止まり、
四方八方を見てから、
一手は天を指し、一手は地を指し、
あの有名な言葉、
「天上天下唯我独尊」を、
おっしゃったというのです。

この言葉は、
「宇宙空間で自分より尊いものはない」と、
お釈迦様の「尊さ」を強調して、
訳されるのが一般的ですが、
「全世界で私たち一人ひとりの人間が一番尊い」とか、
「天の上にも天の下にも、
私たち人間だけが果たすことの出来る尊い使命がある」と、
訳されることもあり、
どちらを「誤用」とするか、
議論が分かれているようです。
(お釈迦様より前にこの世に出現した、
毘婆尸仏という仏様が誕生した時に、
言ったという説もあります)

.........話が逸れました。すみません。
(削除しようと思いましたが、
せっかく打ったので、
掲載させていただきます)

さて、
4月8日正午にオープンする、
新しいホームページですが、
それほどガラリと変わったかというと、
(期待させておいて.........と、叱られそうですが)
club will beの、
コンセプトもコンテンツも、
変わりませんので、
底流にあるものは変わりません。

ただスマホやタブレットで、
ご覧下さる方を意識しておりますし、
(見やすくなりました)
ツィッターやフェイスブックを、
積極活用したいとも考えています。
(私もやります!)

また、
私のブログの、
コメント瀾は無くしました。
(ブログは続けさせていただきますし、
私宛にレターを送ってくださる瀾はあります)

そのかわり、
「トークセッション」という新コーナーを作り、
メンバー間の意見交換の場、
(「しゃべり場」みたいなコーナー)に、
私も積極的に参加させていただきます。

地方に住んでいらして、
club will beを「遠い」と感じている方と、
もっと近づきたいのと、
「大人たちは今、こんなことを考えています」とか、
「こんなにも素敵な大人がいます」ということを、
世に広く知らしめ、
「大人世代」の存在の意味や意義を、
伝えたいと思っています。

この他にも、
今後はメンバーの人材活用(登用)のコンテンツや、
社会貢献のコンテンツも充実させて行く所存です。

🙅「お釈迦」(不良品・作り損ない)にだけは、
ならないようにと、
ヒロモリ以下事務局スタッフが、
満身の力をこめて作りましたが、
何分にも少ない陣容と、
少ない予算での作業ですので、
不備もあるかと思います。
ご意見、ご希望は、
是非お寄せいただきたいと思っていますが、
どうぞ寛容なる、
慈悲の気持ちでご覧下さいますように、
お願い申し上げます。

🐯今日が、
最後のブログ・コメント欄になります。
沢山のコメントをお待ちしていま〜す!
(今日書いて下さったコメントは、
新HPでも〜クリックすると、
しばらくの間は見られるようにしています)

🙇只今4月8日13時です。
申し訳ありません。
新ホームページのオープンが遅れています。
今、
ヒロモリを叱責したところなのですが、
一人でやっているので、
(他の人には出来ない作業とかで)
あと1時間はかかるとのこと。
時間厳守は最低の約束なのに、
本当にすみません。
今しばらくお待ち下さい。

icon_zamma.jpg4月6日(日)30時03分
第2068回


母に会いに来がてら、
1ヶ月ぶりに、
ニシダさんが我が家に宿泊した。

我が家にいてくれたのが17年、
心臓を患い、
ペースメーカーのお世話になって2年、
今は働けなくなっているのだが、
母や息子のことを、
親身になって心配してくれているのである。

私も準親戚だと思っているのだが、
母がホームに入って以来、
遠慮して、
なかなか我が家には泊まらないのである。

前回もそうなのだが、
もしかしたら、
息子に会えるかも知れないと思って、
来ている感じもあって、
今日も息子の好物の、
いなり寿司ときんぴらごぼう、
にんにく・醤油風味の鶏の唐揚げを、
沢山持って来てくれたのだが、
あいにく息子は京都へ出張中と聞いて、
ガッカリしていた。

息子の留守電に、
「帰京して時間があったら、
一目でも顔を見せてあげてください。
いつものあなたの好物を、
沢山持って来てくれたので、
お弁当に詰めて、
玄関先に置いておきますので、
私たちが寝た後でも、
とりに来て下さい」と、
伝言は残しておいたのだが、
音沙汰なしだった。

片づけも終わり、
明日からの週は、
ホームページの刷新もあるし、
本の執筆も始めなければならないしで、
「緊張して迎えたい」と思い、
ニシダさんの好きな「トンイ」を観たら、
寝ようと思っていたところへ、
後10分で「トンイ」が終わるという時、
突然息子が乱入して来たのだった。
(息子はものを取りに、
数分間訪れることはあっても、
10分以上の滞在はないのです)

荷物をドサッと置いたかと思ったら、
「ニシダさん、こんにちは。
わぁ、おいしそう!
僕、ここで食べて行くよ」と、言い、
ニシダさんは、
「トンイ」そっちのけで、
息子とお喋りを始め、
私はいなり寿司をお皿に並べたり、
唐揚げを暖め直したりと、
台所の「老シンデレラ」状態なのだった。
(ニシダさんには、
京菓子のお土産がありましたが、
私には「太りたくないんでしょ」と、
何もないのです。
京漬けものでいいのに.........)

ほどなく息子は帰ったのだが、
こうなると、
もう眠れないので、
ニシダさんには先に寝てもらって、
私は2時過ぎまで、
ナカヤマ兄が送ってくれた、
筍を糠でアク抜きをしたり、
(2時間はかかります)
明日ニシダさんに持っていってもらう、
肉ジャガを煮直したり、
母の山椒とジャコの佃煮を作ったりと、
「成長ホルモン」どころか、
老いらくの恋でさえも、
一気に冷めてしまう、
「ガサガサ老婆手」になってしまった。
(ただでさえ「ブシャール結節」のせいで、
手指は腫れて変形しているというのに)

それにしても、
台所仕事というものは、
「義務的作業」でないと、
(どうしてもやらなければならない場合は、
しんどいこともありますよね.........)
無の心境になれて、
結構楽しいものですね。

そう言えば、
その昔、
周期的に「台所に入れない病」に、
罹っていたナカヤマも、
(桜と紅葉の時期が多かったと記憶しています)
今春、息子が独立し、
夫もこの2年間、
料理学校に通っているせいで、
(先頃、卒業したそうです)
「義務的家事作業」から、
解放されてからというもの、
嬉々として台所作業をしている。
(何でも、
他者に強制されてやるのは、
楽しくないということですね)

母のことは、
いつも心にあるが、
(今日もホームで、
「緊急事態」があったようですから、
いつ何が起きても不思議はないわけで)
それでも大分自由になった今、
体力が残っている間に、
「何か」を始めないと、
仕事以外やっていない、
無趣味の私は、
淋しい老後になりそうな気がする。

映画も芝居もコンサートも、
仕事と繋がっているので、
趣味とは言えず、
強いて「趣味のようなもの」はと言えば、
「家事周辺」くらいなのである。
(もやしのヒゲ取りとか.........ね)

.........そうだ!
このへんで、
永年自己流でやってきた、
料理を「体系的に習う」というのも、
悪くはないかも.........。

icon_zamma.jpg4月5日(土)29時13分
第2067回


📻NHKラジオについてのコメント、
ありがとうございました。
今度のパートナーは、
中川緑アナウンサーです。
(実はまだお会いしたことがないのですが、
とても「素敵で面白い女性」との評判で、
私も楽しみにしています)

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icon_zamma.jpg4月4日(金)27時58分
第2066回


⭐24時に寝て、
27時まで眠りました。
シャワーを浴びて、
いざブログです!
(ただし、時間がなくて、
「2度寝」は無理みたいです)

   


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icon_zamma.jpg4月3日(木)25時46分
第2065回


今日は、
昨年11月に86歳で亡くなられた、
辻井喬さんの「偲ぶ会」が、
日中文化交流協会主催で、
開催された。


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icon_zamma.jpg4月2日(水)31時48分
第2064回


東京の桜は、
早くも散りはじめている。

午前中、
寺島実郎さんと、
打ち合わせをするため、
九段の寺島文庫に行った。

少し早めに家を出て、
青山通りを歩きながら、
桜花を追った。
赤坂御用地の桜、赤坂警察署横の桜、
この界隈では一番早く咲く豊川稲荷の桜は、
葉桜になっていた。

寺島文庫で、
打ち合わせをした後は、
せっかくここまで来たのだからと、
千鳥ヶ淵の桜、靖国神社の桜、
英国大使館の桜と、
見て回ることにした。

九段の交差点付近まで来た時、
十人ほどの、
外国人ビジネスマンの一団に会った。
近くのオフィスから、
昼食をとるために外に出て来たらしい。
ほとんどの人が上着を脱いだワイシャツ姿だ。

一団の中に、
日本人は一人もおらず、
全員が英語で談笑しながらの移動だ。
彼らが「一団」と見えたのは、
全員が同じ折り詰め弁当を持って、
歩いていたからで、
袋に入れることもなくむき出しのまま、
今配られたばかりという感じで、
持ち歩いていたのである。

おそらく桜の下で食べるのだろうと、
予測はついたので、
「さりげなく」後をつけていくと、
日本武道館の手前の、
お堀に面した、
昭和館横の空間に設えられている、
柵に腰をかけて、
折り詰めを開きはじめた。

再び「さりげなく」
中を覗いてみたら、
花型に詰められていた炊き込み御飯と、
野菜の煮ものや魚の焼きもの、
卵焼きなどが見えた。
(典型的な幕の内弁当でした)

一列に並んで、
幕の内弁当を食べている、
外国人ビジネルマンの横では、
5歳ぐらいの男の子と母親らしき女性が、
ランチをとっていたのだが、
こちらはマックのハンバーガーだった。

千鳥ヶ淵から、
靖国神社に抜ける靖国通りは、
折しも武道館で、
入学式を終えた学生たちと、
花見客が入り乱れ、
身動きもできないほどだった。

桜の花の下を歩きながら、
今週、膵臓癌の手術を受ける友と、
先週、肝臓に癌が転移したと、
知らせて来た友の顔を思い出した。

来年の春は、
彼らと一緒に、
楽しくお花見が出来ますように.........。
そして、
私も元気でいられますように。
来年の春をめざして、
ほどなく眠りに入る桜花に、
願いを託した。


.........夕方からは、
萬田久子さんとナカヤマと3人で、
阿木燿子・宇崎竜童さんご夫妻が、
企画・製作をしている、
「フラメンコ 曾根崎心中」を、
新国立劇場に観に行った。

初演以来12年、
東京では8年ぶりの、
公演になるというこの作品は、
夫妻にとっては、
「ライフワーク」と呼ぶに相応わしいもので、
阿木さんは、
「一生をかけて追いかけたい目標であり、
生き甲斐であり、
夢そのものです」と、語っている。

今回の公演では、
百恵ちゃんの息子さんの、
三浦祐太朗くんが、
徳兵衛の歌を担当していることでも、
話題になっているが、
十人をこえるフラメンコダンサーや、
土佐琵琶や篠笛、和太鼓等の邦楽奏者に、
フラメンコギタリストをも擁した、
ミュージシャンの中で、
祐太朗くんは、
根幹に、
秘めた輝きを放ちながらも、
あくまで奥ゆかしく、
長幼の序をわきまえた、
ほどよい距離感を保ちながら、
自分の「居場所」を獲得していた。

歌は、
父親譲りの、
真っすぐな歌唱と、
母親由来の、
行間に漂う憂愁とが、
溶け合った伸びのいい声で、
徳兵衛の情念を熱唱していた。

ロビーに並んだ花の、
かなりの数が、
祐太朗くんに贈られたものなのに、
(中には「おじさんおばさん応援団」からと、
いうものもありました)
そして「出自」は隠しようもないのに、
友和さんがそうであるように、
祐太朗くんにも、
自己を過度に主張しないがゆえの、
深い存在感が備わっていて、
とても感じがよかった。

萬田さんは、
「私は祐太朗くんが、
まだ小さい頃に会って以来だから、
こんなに素敵な男の子になって、
.........感激だわ」と、
しきりに言っていたが、
私も同感だった。

帰途、
名残の桜を見ようと、
車で目黒川沿いを走りながら、
「そう言えば、
阿木さんと宇崎さんと、
萬ちゃんと私とで、
結婚間もない三浦家に行って、
何かゲームをやったことがあるったよね」と、
私が昔話をしたら、
みんなが覚えていないようなことを、
記憶する能力に長けている萬田さんは、
「あゝ、水道管ゲームね」と即答し、
「.........そうか、あの時から、
もう30年以上も経っているのね」
「アッという間だったよね」などと、
2人で往時を懐かしんだ。

ナカヤマを帰したあと、
何となく独りになりたくなくて、
「うちの子たちに会って行かない?」という、
萬田さんの声に誘われて、
家に行き、
萬田チルドレンdogを膝に乗せながら、
窓の外の桜花を見た。

午前2時。
夜来の雨で、
フロンガラスに舞い降りた、
桜の花びらを見ながら、
家に着いた。

桜で始まり、
桜で終わった一日。
来年の桜を見るまで、
頑張って生きようと思った。


icon_zamma.jpg4月1日(火)27時31分
第2063回


今日はエイプリルフールだが、
私も「嘘みたいに」忙しい一日だった。

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フォトアルバム

4月5日(土)

photo_nikki六本木ヒルズのパンジー

photo_nikkiアークヒルズ中庭の桜。

photo_nikki首相官邸沿いの新芽の出たポプラ(上)と桜並木(下)
photo_nikki

photo_nikki内閣府前。

photo_nikki参議院会館前。

photo_nikki国立国会図書館前。

photo_nikki憲政会館の下の通りにはドクダミが。

photo_nikki内堀通り沿いの桜(奥に見えるのは警察庁と国土交通省)

photo_nikki首都高都心環状線沿いの桜。

photo_nikkiお濠の周りには観光バスが列を連ねていました。

photo_nikki皇居内堀に咲く花々。

photo_nikkiカルガモ発見!



4月3日(木)

photo_nikki日中文化交流協会・前会長の辻井喬さんを偲ぶ会。

photo_nikki左は「日本介護福祉グループ」の藤田英明会長、中央は必殺紹介人のモリベ氏。



4月2日(水)

photo_nikki青山通りから見た赤坂御用地の桜。

photo_nikki赤坂警察署前の桜。

photo_nikki赤坂・豊川稲荷は、早くも葉桜です。

photo_nikki国立劇場前。

photo_nikkiFM東京前。

photo_nikki英国大使館前。

photo_nikki千鳥ヶ淵の桜。

photo_nikki桜を眺めながら昼食をとる外国人ビジネスマンの姿も。

photo_nikki靖国神社の桜(右端に鳥居があります)

photo_nikki梅窓院の桜。

photo_nikki
寺島文庫の文庫犬エリゼと。



4月1日(火)

photo_nikki神宮外苑の桜。

photo_nikki渋谷・桜ヶ丘のさくら通りでは「さくらまつり」が開催中。

photo_nikki林真理子さん還暦パーティの引き出物。



3月31日(月)

photo_nikki富士川鉄橋付近を通過。

photo_nikki京都の東寺。

photo_nikki大阪で千秋楽を迎えた、地球ゴージャスプロデュース公演「クザリアーナの翼」



3月29日(土)

photo_nikki吉川公園に向かう途中の桜並木(三分咲きでした)

photo_nikkiグラウンドの土手には鮮やかな菜の花間畑が!

photo_nikki南青山ぼちぼち団のメンバーと。

photo_nikkiぼちぼち団の新キャプテンのフジタ氏。

photo_nikki開会式で挨拶をする椎名誠さん。

photo_nikki八丈島や大阪からも参戦。



3月24日(月)

photo_nikki南紀白浜空港。

photo_nikki空港の隣には「アドベンチャーワールド」が。



3月23日(日)

photo_nikki川湯温泉。河原に穴を掘って作った「my露天風呂」に入浴中の人たち。

photo_nikki湯の蜂温泉。

photo_nikki卵を網に入れて、湯筒で茹でています。

photo_nikki熊野那智大社

photo_nikki
那智の滝。

photo_nikki香炉にぶら下がっているこま犬が可愛い。

photo_nikki熊野本宮大社。

photo_nikki昨年の台風12号の被害の爪痕が残る熊野川の河岸。

photo_nikki和菓子屋「儀平」の堀本京子さんと。

photo_nikki「アドベンチャーワールド」の入口。

photo_nikki食欲旺盛なオスの海浜(カイヒン)君と。

photo_nikki海浜君の妹の優浜(ユウヒン)ちゃん。

photo_nikki手前が海浜君、奥が双子の陽浜(ヨウヒン)ちゃん。

photo_nikkiペンギン王国。

photo_nikkiラッコたち。

photo_nikki三段壁の夕陽。

photo_nikki

photo_nikki白浜名物・クエ鍋。



3月22日(土)

photo_nikki奈良県から和歌山県へと流れる紀の川

photo_nikki高野下駅舎。

photo_nikkiケーブルカーで高野山へ。

photo_nikki頂上には前日降った雪が積もっていました。

photo_nikki金剛峯寺。

photo_nikki紀州の春。

photo_nikki

photo_nikki

photo_nikki



3月21日(火)

photo_nikki小さな誕生日ケーキでお祝い。

photo_nikki仁坂吉伸和歌山県知事から、誕生日祝いに送って頂いた「焼き梅」



3月18日(火)

photo_nikki
工事中の「ホテルグレイスリー新宿」外観。

photo_nikki花粉症対策マスクを装着した八丁地常務執行役員と。



3月14日(金)

photo_nikki「日本創生委員会」が開催された東京會舘の桜。



3月13日(木)

photo_nikki雨滴の向こう側にうっすらと浮かんでいるが河津桜です。

photo_nikki会席料理にも添えられています。



3月11日(火)

photo_nikki春まだ遠し。

photo_nikki米原市の手前。遠くに見えるのは伊吹山。

photo_nikki1階のナレッジプラザに展示されている巨大プール(実は絨毯です。中央の水色の部分に立って周りを見ると、プールの中にいるように立体感が味わえます)



3月10日(月)

photo_nikki
今季最強の寒波も3年前の震災の日を想えば・・・。

photo_nikki
津村禮次郎さんによる能

photo_nikki奥でヴァイオリンを演奏しているのが古澤巌さん。手前左がチェリストの大藤桂子さん。

photo_nikki華道家・前野博紀さんにより献花。



3月8日(土)

photo_nikki母のホームに向かう途中、小学校の校庭沿いには春の花が。

photo_nikkiボケ(木瓜)の花。

photo_nikki大和夢之介さんの独立15周年記念パーティにて(右から、平山みきさん、大和さん、川上麻衣子さん、私)

photo_nikkiwillbe混声合唱団の活動の様子。

photo_nikki特訓!(合唱団を支える貴重な男声です)



3月7日(金)

photo_nikki歳川隆雄さんの出版記念パーティ。

photo_nikki会場に届けられた政治家からの花輪。

photo_nikki会場にいらした田原総一郎さんと。



3月3日(月)

photo_nikki5時間煮込んだ蕗の煮もの(右)と山椒の佃煮(左)



3月2日(日)

photo_nikki帰りに立ち寄ったナカヤマの実家では、お義姉さんが育てた梅が花を咲かせていました。

photo_nikki

photo_nikki



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書籍情報

人と会うと明日が変わる

人と会うと明日が変わる  残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
イースト・プレス
【価格】
1,470円

引退モードの再生学

引退モードの再生学 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
500円

モグラ女の逆襲
~知られざる団塊女の本音~

モグラ女の逆襲 ~団塊女の知られざる本音~ 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
日本経済新聞出版社
【価格】
1,575円

それでいいのか 蕎麦打ち男

それでいいのか 蕎麦打ち男 残間里江子

【著者】
残間里江子
【出版社】
新潮社
【価格】
1,470円

プロフィール

残間 里江子【プロデューサー】

1950年仙台市生まれ。アナウンサー、編集者などを経て、企画制作会社を設立。 プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。著書多数。